軽井沢駅に戻り、しなの鉄道で松本経由で鈍行で帰りました。さすがに疲れたので途中の駅で特急に乗り帰路へ。次回は万平ホテルに泊まって全てのジョン・レノンスポットを巡ることを誓いました。 ここまで読んでいただきありがとうございました。
ホテルの1階の別館に続く廊下のところに史料館があり、無料で入ることができます。 万平ホテルの歴史や過去の写真、金庫、ジョンレノンが弾いたピアノなどが展示されていました。 朝食. 「あの人」も買ったフランスパン。イートインできるので、ここで昼食にすることにした。一時間半ほど眠り、窓際のソファで本を読むことにした。窓を解放すると森の中で読んでるみたいである。一日快適に過ごせるようにつくられている。部屋に荷物を置いて、クーラーを切り、自分の家かのごとく窓を開けて新鮮な空気を入れた。とりあえずテラスでロイヤルミルクティーを飲むことにした。ジョン・レノンは1977年から亡くなる前年の1979年まで毎年、軽井沢にひと月ほど滞在した。小野家の別荘のほかは、万平ホテルのこの部屋に居たのではないかと推定している。ベッドに入りながらその理由を考えてみた。ミニマリストの主張するno possessionsとどう違うのか考えてみる必要があった。人のためか自分のためか明らかではあるけれども。このメッセージの理解がワンテーマの目的だったと思う。万平ホテルには旧式や新式の幾つかの部屋のタイプがあり、この部屋は旧式のタイプ。この部屋はジョン・レノンが滞在していた128号室の並びなので同じタイプの部屋だ。インテリアは和風と洋風の折衷様式でミニマリスト好みではないんだけど妙に落ち着く部屋である。万平ホテルのロイヤルミルクティーはおいしい。ジョン・レノンがここに滞在すると決まってオーダーしたほどだ。万平ホテルの部屋のベッドルームは、半透明の障子やベージュのカーテンで柔らかく仕切られており、障子やカーテンを閉めることで光量を自由にコントロールできる。これが昼間いてもものすごく落着くのである。昼寝するのにぴったりである。大事なのはモノよりも時間だ。軽井沢駅からタクシーで万平ホテルに向かった。近くにはジョン・レノンの訪れた熊野皇大神社もある。丁度、長野県と群馬県の県境のため左右両側に二つの神社が並んでいる。ミニマリズムの「モノを持たない」が、ジョン・レノンのイマジンのように、自分のためだけではなく、人(自分と他人)のためにという意識を含んでいれば、ミニマリストがネガティブに捉えられることもなくなるだろう。ミニマリストという生き方がサステイナブルかどうかは、「持たないこと=Sharing all the world」に鍵があるのではないかと思う。万平ホテルはいつものたたずまいだった。フロントに入り記名した。ミニマリストのミニマルな荷物を部屋まで運んでもらうのは恥ずかしいのだが、運んでもらった。旅のワンテーマは、ジョン・レノン。といっても、ぼくは、ジョン・レノンが良くわかっていない。子どもの時から何の知識もないままにピンクフロイド漬けだったので、聞く機会を逸したのだ。いい機会だ。とりあえずiTunes Storeでジョン・レノンの知らない楽曲をダウンロードした。満足したので部屋に戻り昼寝をすることにした。昨日は夜遅くまで本を読んでいて睡眠不足だったのだ。境内には樹齢800年の御神木がある。あきらかにパワースポットの雰囲気。フランスパンだけでは食べにくいのでおみやげにして、実際に食べたのは、あんぱんとコロネ。だいたいいつもこのコンビしか食べない。フランス・ベーカリーのパンは絵に描いたようなパン。見る人が見ればわかるあんぱんとコロネ。もともとは万平ホテルのベーカリーチーフの方がはじめたお店。万平ホテルの朝食のトーストもおいしい。万平ホテル伝統の紅茶と、まろやかなミルクのハーモニーをご堪能ください。ジョン・レノン直伝のロイヤルミルクティーです。夕食は一番遅い回にしてもらったので本も読みきることができるだろう。ちなみに、万平ホテルでは、おひとりさまの洋食でもコーナーに二人席を用意してくれるのでメインダイニングで浮くことはないだろう。個人的にはメインダイニングの四人席にひとりで座ってもまったく気にならないんだけども、こうしたおひとりさまへの気づかいはうれしい。二人席が空いてない場合もあるので、こうしたリクエストを伝えておくと確実だろう。店の奥には、あの人がママチャリに乗ってパンを買いに来た時の写真が貼ってある。1977年夏の写真。この写真を見ていると、僕は随分むかしから、ジョン・レノンのファンだったような気がしてきた。ジョン・レノンをiPhoneで聞きながら廻っているということもあるのだけれども。軽井沢の万平に向かいながら、僕はもう一度ミニマリストの旅のルールを思い返していた。残念ながら曇ってきたようだ。これは西側の方角。浅間山の裾野が少し見えるので良しとしよう。フランスパンのなかみはきっちりつまった生地。外側よりも内側の方がおいしい。ジョン・レノンが通った喫茶店に着いてみると、臨時休業だった。喫茶店は「離山房」という名前だった。次の朝、朝食を食べて窓の外を見ていると、小さなボンネットバスがやってきた。バス停まで寄ってみると、見晴台行きと書いてある。案内が貼ってあり、ジョン・レノンが好きだった場所と書いてある。その見晴台に行ってみることにした。夕食の後は、猫足のバスタブにつかってから1階のバーへ。ここのバーは気さくな雰囲気なので、飲み過ぎてしまうのが欠点だ。山崎1999年のシングルバレルがあった。ぼくが持っている山崎1994年のシングルバレルとは随分違う。雑味のないホワイトゴールドのような味だ。万平ホテル用によりすぐりのいい樽が選ばれたと推定される。1980年制作。ジョンとヨーコの最後のアルバム。スターティング・オーバー収録。ジョン・レノン直伝なんだ。どうりでどこでも飲んだことのない味なわけ。上にのったクリームがウインナーコーヒーのように甘い。このロイヤルミルクティーは別格のおいしさである。へんな話なんだけどコーヒーを飲んでいるのか紅茶を飲んでいるのか分らなくなる。つまり言葉や分類が消えるようなおいしさ。帰りのバスの中で「ジョン・レノン 軽井沢」と検索し、ジョンが通った二つの店があることが分かった。そのまま旧軽井沢に出ることにした。前カゴにフレンチ・ベーカリーのフランスパンを入れて、スタンド・バイ・ミーを聴きながらママチャリをこいだ。子どもの頃からいつも頭のなかで鳴り響いているピンクフロイドのギターリフをジョンのだみ声が強く押し流していった。最後に行くのはジョン・レノンが通った喫茶店。中軽井沢の近くなんだけども、ジョンのようにママチャリを借りて行くことにした。1980年はアメリカでアルバムを制作していたので、軽井沢を訪れることはなかった。1979年が最後の夏だったということだ。1979年の写真を万平ホテルで幾つか見たことを思い出した。ジョン・レノンが歌った「スタンド・バイ・ミー」のカバーをダウンロードした。ふと、イマジンの歌詞に、no possessions(無所有)のメッセージがあることを思い出した。Sharing all the world(分かち合う世界)というメッセージもある。この曲に関心を持った。 ジョンレノン夫妻が宿泊した部屋と同じつくりの部屋に宿泊しました - 万平ホテル(北佐久郡)に行くならトリップアドバイザーで口コミを事前にチェック!旅行者からの口コミ(355件)、写真(568枚)と北佐久郡のお得な情報をご紹介しています。 ジョン・レノンも泊まっていたホテル - 万平ホテル(北佐久郡)に行くならトリップアドバイザーで口コミを事前にチェック!旅行者からの口コミ(355件)、写真(568枚)と北佐久郡のお得な情報をご紹介しています。 軽井沢 ジョン・レノンが愛したホテル 先週のことになりますが、軽井沢の 万平ホテル に泊まってきました! 本来は私の誕生日と結婚記念日である10月に行く予定だったのが台風でダメになり、代わりに伊豆に連れて行ってもらったので、サプライズに大喜びで飛び上がりました! ジョン・レノンは来日する度に軽井沢を訪れ、万平ホテルに泊まっていたという。ジョン・レノンの熱心なファンはたくさん知っているが、僕はジョン・レノンをよく知らない。ふとした機会にジョン・レノンの音楽に関心を持ち、ジョン・レノンをもっと知ってみたくなった。
万平ホテルの楽しみの一つがメインダイニングでの朝食です! 一流ホテルなのに、居心地のいいホテルです。それは何と言っても、客を上から値踏みするようなことがなく、おもてなしのこころがあるからでしょう。部屋には、大きなテーブルが二つもあったり、お湯の出がよかったり、細かなところで少しずつ居心地の良さがかんじられました。朝食付きで1泊宿泊しましたが、本当に期待はずれでした。評価はみなさん高いようですが、私たち夫婦にとって最悪のホテルです。ホテルの正面の風景は紅葉がきれいで期待通りでしたがホテルに入ったとたん、がっかりでした。まずフロントの女の子はアルバイトの女の子としか思えず洗練されていなく奈良ホテルとは段違い。(言葉、態度、書いている字の汚さなど)そして2階に昇る階段の脇から1階の屋根部分が見えましたが、なんと緑の人口芝マットがのせてありました。興ざめでした。スタッフたちがロビーで客がいるにもかかわらず、おしゃべりしていたり笑っている姿にもがっかりさせられました。お部屋に通されましたが、本当にクラシックで風情を感じる室内でした。お部屋から観る中庭の紅葉もすばらしいものでしたが、ふと下に目をやると、やはりたくさんのすだれが屋根の上にあったのです。さらに寝ていた時にカタカタというエアコンの音で時々目覚める始末です。点検などどうなっているのでしょうか。和食の朝食はさらに最悪です。隣との席が一人がやっと通れるぐらいで食材も新鮮でなく塩からく食べられたものではありませんでした。私も妻もほとんど箸をつけずに出てきました。ともかくもスタッフの対応と朝食は私たち夫婦にとって最悪でした。もう二度と行きたくありません。