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【現代語訳】 ゆく川の流れは絶えることがなく、しかもその水は前に見たもとの水ではない。淀みに浮かぶ泡は、一方で消えたかと思うと一方で浮かび出て、いつまでも同じ形でいる例はない。世の中に存在する人と、その住みかもまた同じだ。

雙峰下哭故人李宥 劉長卿憐君孤壟寄雙峰、埋骨窮泉復幾重。白露空沾九原草、青山猶(一作獨)閉數株松。圖書經亂知何在、妻子移家(一作因貧)失所從。惆悵東皋却歸去、人間無處更相逢。【韻字】峰・重・松・従・逢(平声、冬韻)。【訓読文】 双峰の下にて故人李宥を哭す。憐れぶ君の孤壟の双峰に寄るを、骨を窮泉に埋めて復た幾重。白露空しく沾ほす九原の草、青山猶ほ閉づ数株の松。図書乱を経て何くに在るを知らんや、妻子家を移して従ふ所を失ふ。惆悵す東皋却つて帰り去れば、人間処として更に相逢ふこと無きを。【注】○李宥 大暦年間の人。■(「高」の下に「木」。コウ)城県(河北省藁城)の主簿に官す。○双峰 ▲(草カンムリの左下に「單」、右下に「斤」。キ)州黄梅県の山。○孤壟 ぽつんと一つある墓。○窮泉 九泉の下。墓の中。○九原 春秋時代の晋の国の卿大夫の墓地のあるところ。ひろく、墓地を言う。○東皋 野外の高地。【訳】双峰山のふもとで亡き友人の李宥の死を嘆く。ああ君眠る墓ひとつ双峰山の峰ちかく、その墓の下つち深くいづこ骨をば埋めたるや。涙の露も白露も空しく墓地の草ぬらし、墓地のそばには数本の松が枝をばしげらせる。君の蔵書は戦乱の世をへて今はいずこやら、妻子も家を引っ越して行方もしれずなりにけり。墓地の丘から帰りくりゃ、この世で逢えぬ君恋し。舊客田園廢、初官印綬輕。榛蕪上國路、苔蘚北山楹。懶慢羞趨府、驅馳憶退耕。榴花無暇醉、蓬髮帶愁■(「榮」の「木」を「糸」に換えた字。エイ)。【韻字】軽・楹・耕・■(エイ)。(庚韻)。【訓読文】旧客田園廢(すた)れ、初官印綬軽し。榛蕪上国の路、苔蘚北山の楹。懶慢趨府を羞ぢ、駆馳退耕を憶ふ。榴花暇無くして酔ひ、蓬髮愁を帯びて■(エイ)(めぐ)る。【注】○廢 すたれる。《帰去来辞》「帰りなんいざ、田園まさに蕪れんとす」。○印綬 役人の印のひも。○榛蕪 雑草が生い茂る。○上国 王都に近い諸国。○苔蘚 コケ。○北山の楹(はしら)。「北山」は、『詩経』小雅の篇名。生涯、役人生活に追われて父母を養うまが無いことを嘆く。○懶慢 なまけおこたる。○羞趨府 子が父から教育を受ける。孔子の子の鯉が、庭で孔子の前をよこぎったとき、『詩』や『礼』を学べと教訓された故事。○駆馳 あくせく働くこと。○退耕 引退して農耕生活を送る。○榴花 ここでは榴花酒、ザクロのように赤いワインのことであろう。○蓬髮 ボサボサにのびた髪。【訳】久しく故郷へ帰らねば田畑はさぞや荒れていよう、官位についたまでよいが印綬は軽く薄給じゃ。みやこへ向かうその道にゃは雑草しげり荒れ放題、父母いる故郷をあとにして実家の柱にゃ苔がむす。怠けおこたり教養を身につけざりし日々を悔い、忙殺されるあこがれは田舎でのんびり野良仕事。ザクロの花を思わせる赤い酒に酔う暇も無く、ぼさぼさのびた蓬髮に白髪がふえて老い嘆く。登呉古城歌 劉長卿登古城兮思古人、感賢達兮同埃塵。望平原兮寄遠目、歎姑蘇兮聚麋鹿。黄池高會事未終、滄海横流人蕩覆。伍員殺身誰不冤、竟看墓樹如所言。越王嘗膽安可敵、遠取石田何所益。一朝空謝會稽人、萬古猶傷甬東客。黍離離兮城坡陀、牛羊踐兮牧豎歌。野無人兮秋草緑、園為墟兮古木多。白楊蕭蕭悲故柯、黄雀啾啾爭晩禾。荒阡斷兮誰重過、孤舟逝兮愁若何。天寒日暮江楓落、葉去辭風水自波。【韻字】人・塵(平声、真韻)。鹿・覆(入声、屋韻)。冤・言(平声、元韻)。敵・益・客(陌韻)。陀・歌・多・柯・禾・過・何・波(平声、歌韻)。【訓読文】呉の古城に登る歌 古城に登り古人を思ふ、賢達を感じ埃塵を同じうす。平原を望み遠目を寄せ、姑蘇を嘆き麋鹿を聚む。黄池高会事未だ終らざるに、滄海横流して人蕩覆す。伍員身を殺すに誰か冤せざる、竟に墓樹を看れば言ふ所のごとし。越王胆を嘗めて安んぞ敵すべけんや、遠く石田を取るに何の益する所ぞ。一朝空しく謝す会稽の人、万古猶ほ傷む甬東の客。黍離離として城は坡陀、牛羊踐んで牧豎歌ふ。野に人無くして秋草緑なり、園は墟と為りて古木多し。白楊蕭蕭として故柯を悲しび、黄雀啾啾として晩禾を争ふ。荒阡断えて誰か重ねて過らん、孤舟逝きて愁ひを若何んせん。天寒く日暮れて江楓落ち、葉は去り風に辞して水自から波あり。【注】○賢達 物事の道理によく通じている人。○黄池 河南省封丘県の西南に在り。『春秋左氏伝』《哀公十三年》「公、単平公・晋の定公・呉の夫差に黄池に会す」。○伍員 春秋時代、楚の伍子胥。名は員。父兄が楚の平王に殺されたため、敵対する呉をが楚を討つのを助けた。のちに、賄賂を受けたとして夫差に死を命じられ、「自分の死後に首を城門にかけよ。この目で越軍が攻め込んできて呉を滅ぼすのを見届けてやる」という言葉を残して死んだ。○越王嘗胆 呉王夫差に敗れた越王句践が、屈辱を忘れぬよう、にがい胆をなめて、苦労のすえ、恨みを晴らしたこと。○石田 石ころだらけの畑。役に立たない物・やせた土地のたとえ。『左氏伝』《哀公十一年》「志を斉に得るは、猶ほ石田を獲るがごとくなり。之を用ゐる所無し」。○甬東 浙江省寧波市。○離離 穀物がよく実っているさま。『詩経』《王風・黍離》「彼の黍離離たり」。○坡陀 起伏があり、平でないさま。○牧豎 牛飼い・羊飼いをしている子ども。牧童。○白楊 ハコヤナギ。『古今注』巻下「白楊は葉円らかにして、青楊は葉長し」。『文選』《古詩十九首》「白楊何ぞ蕭々たる、松柏広路を夾めり」。又「白楊悲風多く、蕭々として人を愁殺す」。○黄雀 スズメの一種。雄は体の上体浅黄にして緑を帯び、雌は上体かすかに黄にして褐色の条紋あり。○啾啾 擬声語。○禾 粟や稲の穂。○江楓 川のほとりのカツラ。楓は中国に自生するマンサク科の落葉高木で、葉は三裂し、秋に紅葉し、果実に翼あり。【訳】呉の古城に登って詠んだ歌。 古びた城に登りきていにしへ人を思いやる、同じ土をば踏みしめて賢人達に感動す。平原はるかに望み見て、姑蘇を嘆くかシカの群れ。黄池のほとりの高尚な宴も未だ終らぬに、滄海東に流れ去り人は酒食におぼれゆく。伍員わが身を殺せしは誰か冤せざる、墓所の樹木に目をやれば言ったとおりに首がある。胆を嘗めたる越王に敵するものもあらざらん、遠く石田得るとても何の役にもたつまいに。会稽の人に別れ告げ、昔しのぶ甬東の客。城の周辺起伏あり黍は豊に生いしげり、牛羊あゆみ牛飼いは牛追い歌をうたいおり。人無き野には秋の草、庭園いまや廃墟にて古木ばかり今もあり。白楊風に葉を鳴らし枯れたる枝を悲しむか、黄雀のみがチュンチュンと稲穂あらそい騒々し。草生い茂り荒れはてて誰も跡とう人もなく、小舟いっそう去りゆきてこの寂しさをいかにせん。おおぞら寒く日は暮れて、川辺の楓葉を落とし、風に吹かれて枝を去り、さざ波の上に舞いおりる。地僻方言異、身微俗慮(一作累)并。家憐雙鯉斷、才愧小鱗烹。滄海今猶滯、青陽歳又更。洲香生杜若、谿煖(一作遠)戲鵁■(「青」の右に「鳥」。セイ)。【韻字】并・烹・更・■(セイ)。(平声、庚韻)。【訓読文】地は僻にして方言異なり、身は微にして俗慮(一に「累」に作る)并(あは)せたり。家は憐ぶ双鯉の断ゆるを、才は愧づ小鱗を烹るに。滄海今猶ほ滞り、青陽歳又更(あらた)まる。洲香ばしくして杜若を生じ、渓煖(あたたか)にして(一に「遠」に作る。)鵁■(セイ)戯る。【注】○僻 中央から遠く隔たったようす。○微 いやしい。地位が低い。○俗慮 立身出世の欲のことであろう。○双鯉 手紙。むかし、遠方から訪ねてきた客が置いていった二匹の鯉の腹から手紙が出てきた故事にもとづく。○小鱗烹 小魚を煮る時にあまり手を加えると煮崩れてしまうところから、政治を行うにもあまり人為を加えすぎないようにするのがよい、というたとえ。『老子』《六十》「国を治むるは小鮮を烹るがごとし」。○滄海 大海原。○青陽 春の別名。○杜若 ヤブミョウガ。『楚辞』《九歌・湘夫人》「汀洲に杜若をとり、まさにもって遠き者に遺(おく)らんとす。○鵁■(セイ) あたまに冠毛があり足が長い水鳥。ゴイサギ。【訳】この土地田舎のことなれば言葉もろくに通じない、身分は低い小役人、立身出世をただ願う。お里の便り絶えはてて、政治手腕もさほど無し。海原故郷を隔てつつ、歳また過ぎて春となる。中洲に香るはヤブミョウガ、渓川遊ぶはゴイサギじゃ。送郭六侍從之武陵郡 劉長卿常愛武陵郡、羨君將遠尋。空憐世界迫、孤負桃源心。洛陽遙想桃源人、野水閑流春自碧。花下常迷楚客船、洞中時見秦人宅。落日相看斗酒殘、送君南望但依然。河梁馬首隨春草、江路猿聲愁暮天。丈人別乘佐分憂、才子趨庭兼勝遊。■(「シ」のみぎに「豊」。ホウ)浦荊門行可見、知君詩興滿滄洲。【韻字】尋・心(平声、侵韻)。碧・宅(入声、陌韻)。然・天(平声、先韻)。憂・遊・洲(平声、尤韻)。【訓読文】郭六侍従の武陵郡に之(ゆ)くを送る。常に愛づ武陵郡、羨(うらや)む君の将(まさ)に遠く尋ねんとするを。空しく憐(あはれ)ぶ世界の迫り、桃源の心に孤負(コフ)するを。洛陽遥かに想ふ桃源の人、野水閑流して春自から碧りなり。花の下に常に迷ふ楚客の船、洞中時に見ゆ秦人の宅。落日相看て斗酒残し、君を送りて南望すれば但だ依然たり。河梁の馬首春草に随ひ、江路の猿声暮天に愁ふ。丈人別乗佐(たす)けて憂ひを分ち、才子庭に趨りて兼ねて勝遊す。■(ホウ)浦荊門行くゆく見るべし、知んぬ君の詩興滄洲に満つるを。【注】天宝年間、洛陽における作。○郭六侍従 ○武陵郡 湖南省常徳県。○将 これから…しようとする。○世界 この世。世間。○孤負 そむく。○桃源心 世俗を離れてのんびりと暮らそうという心。○洛陽 河南省洛陽市。○遥かに想ふ桃源の人、○野水 野の川。○閑流 しずかに流れる。○花下常迷楚客船 武陵の漁夫が桃花の林に迷い込んだという《桃花源記》の話をふまえる。○洞中時見秦人宅 道に迷った武陵の漁夫が桃花の林にの奥の山の洞窟を抜けたところで視界がひらけ、そこに住む人びとは混乱した秦の時代に家族を引き連れて隠れ住んだという《桃花源記》の話をふまえる。○落日 沈む夕陽。○斗酒 一斗の酒。多量の酒。○南望 遠く南方を眺めやる。○依然 樹木が盛んに茂るさま。○河梁 川に架かる橋。○馬首 馬の頭。○江路 船旅の道筋。○暮天 夕暮れの空。○丈人 老人に対する敬称。○別乗 別駕。刺史の補佐官。○才子 才能ゆたかな人物。郭六を指す。○趨庭 『論語』《季子》に、孔子の息子の鯉が、庭を小走りに横切ったときに「『詩』を学んだか?」と声をかけられた話をふまえる。父から教えを受けることをいう。○勝遊 優れた景勝地に旅する。○■(ホウ)浦 洞庭湖に注ぐ。○荊門 湖北省宜昌・枝城の間の長江西岸にあり。○詩興 詩を作りたいとわき起こる感興。○滄洲 青々とした水辺。【訳】郭六侍従が武陵郡にゆくのを見送る。常に武陵郡にあこがれて、君の尋ぬるうらやまし。あくせくとした世の中に我は空しく追われつつ、のんびり暮らす生活にそむき続くる宮仕へ。洛陽の地で桃源に向かう君をば想ひやる、野の川静かに流れては水あおあおと春のどか。君の乗る船桃源の桃咲くしたに迷ふらん、洞あな抜けて時々は見るか世避けし人の家。夕陽傾き酒酌みて互いに名残尽きねども、君を見送り南方を眺むるかなた木々茂る。川に架かれる橋のそば馬はうなだれ草をはみ、船路にひびく猿の声夕べの空にいと悲し。父の別駕は刺史のこと補佐して民と憂ひ分け、君は父君に教へ受け景勝武陵に旅ぞする。煙水(一作雪)宜春候、■(「寒」の「冫」を「衣」に換えた字。)關(一作開)値晩晴。潮聲來萬井、山色映孤城。旅夢親喬木、歸心亂早鶯。儻無知己在、今已訪蓬瀛。【韻字】晴・城・鴬・瀛(平声、庚韻)。【訓読文】煙水(一に「雪」に作る)春候に宜しく、関(一に「開」に作る)を■(「寒」の「冫」を「衣」に換えた字。)(ひら)きて晩晴に値ふ。潮声万井に来たり、山色孤城に映ず。旅夢喬木に親しみ、帰心早鴬に乱る。儻(もし)知己の在る無くんば、今已に蓬瀛を訪はむ。【注】○煙水 もやのたちこめた川。○春候 春の時候。○晩晴 夕暮れの晴れ間。○潮声 潮流の音。○万井 広い町。○山色 山の景色。○孤城 ぽつんと一つ離れてある町。○旅夢 旅先でみる夢。○喬木 年数を経た大木。チョウセンウグイスが深い谷から出て高い木に移る。進士の試験に合格することや、官位の昇進などをたとえる。『詩経』《小雅・伐木》「木を伐ること丁丁、鳥鳴くこと嚶嚶。出自幽谷より出で喬木に遷る」。○帰心 故郷に帰りたい気持ち。○早鴬 春の初めに鳴くチョウセンウグイス。○儻 もしも。○知己 おのれのよき理解者。○蓬瀛 蓬莱(ホウライ)と瀛州(エイシュウ)。いずれも伝説にいう東海の東にあるという神仙の住む山。【訳】もやたちこむる水面は春の時候にふさわしく、カンヌキ開き外に出て夕暮れ晴れた空ながむ。潮流の音なりひびき、孤城に映ゆる山青し。旅先でみるその夢は立身出世の望みあり、春の初めのウグイスは帰郷の思いかきたてる。もし理解者を得ぬならば、神仙世界をおとづれん。【本文】廿八日。うらとよりこぎいでて、おほみなとをおふ。このあひだに、はやくのかみのこ、やまぐちのちみね、さけ・よきものどももてきて、ふねにいれたり。ゆくゆくのみくふ。【注】●おほみなと 物部川の西岸海口あたりにあった地名という。●はやくのかみのこ 以前に国司だった者が土地の女と通じて出来た子で、その元国守は任期満了とともに帰京し、取り残された者であろう。帰京したら、何か出世の糸口を見つけて自分を取り立ててもらいたいようなつもりで、差し入れをしたということか。【訳】二十八日。浦戸から漕ぎ出して、大湊を目指して行く。こうしている間に、元の国守の子の、山口のちみねが、酒や気の利いた食い物を持参して、舟に差し入れた。それを道中飲んだり食ったりした。湘中紀行十首 横龍渡 劉長卿空傳古岸下、曾見蛟龍去。秋水晩沈沈、猶(一作獨)疑在深(一作何)處。亂聲沙上石、倒影雲中樹。獨見(一作繋)一扁舟、樵人往來渡。【韻字】去・処・樹()【訓読文】湘中紀行十首 横龍渡空しく伝ふ古岸の下、曾て見き蛟龍の去りしを。秋水晩沈沈、猶ほ(一作獨)疑ふ深き(一作何)処に在るかと。乱声沙上の石、影を倒(さかしま)にす雲中の樹。独り見る(一に「繋」に作る)一扁舟にて、樵人渡しを往来するを。【注】○湘中 湖南省湘江の流域中部の長沙市およびその付近。○紀行 旅先での見聞・感懐を詠じた詩文。 ○横龍渡 ■(「シ」に「元」。ゲン)江県の横龍橋付近にあった渡し場か。○古岸 古びた岸辺。○曾 かつて。○蛟龍 鱗があり水中に住む竜。○秋水 秋の清く澄んだ水。○沈沈 水が深いさま。○猶 さらに。○乱声 みだりがわしい流水の音。○倒影 影をさかさまに映す。○雲中樹 雲にむかって聳える高い木。○独 ただ。○扁舟 小舟。○樵人 きこり。○往来 行き来する。【訳】湘中を旅したときのことを詠じた詩十首のうち、横龍渡を詠じた詩。古びた岸にはいにしえの今は空しき言い伝え。かつてはここで蛟龍が姿現し去ったとか。秋の川水夕暮れに深くたたえて底しれず、まだこの深き淵の底竜わだかまり住めるかと。川砂の上音立てて水は勢いよく流れ、天に向かって立つ樹木、影さかさまに映しおり。いまはただ見る小舟にて、木こり往来するばかり。送杜越江左覲省往新安江 劉長卿去帆楚天外、望遠愁復積。想見新安江、扁舟一行客。清流數千丈、底下看白石。色混元氣深、波連洞庭碧。鳴■(「木」のみぎに「良」。ロウ)去未已、前路行可覿。猿鳥悲啾啾、杉松雨聲夕。送君東赴歸寧期、新安江水遠相隨。見説江中孤嶼在、此行應賦謝公詩。【韻字】積・客・石・碧・覿・夕(入声、陌韻)。期・随・詩(平声、支韻)。【訓読文】杜越を江左に覲省しに新安江を往くを送る。 去帆楚天の外、望遠愁ひ復た積もる。想ひ見る新安江、扁舟一行の客。清流数千丈、底下白石を看る。色は元気を混じて深く、波は洞庭に連なりて碧し。鳴■(ロウ)去りて未だ已まず、前路行きて覿(み)るべし。猿鳥悲しくして啾啾、杉松雨声の夕べ。君を送れば東のかた帰寧に赴くの期、新安江の水遠く相随ふ。見説(きくならく)江中孤嶼在りと、此の行応に賦すべし謝公が詩。【注】○杜越 劉長卿の友人らしいが、未詳。○江左 江東。○新安江 浙江の上流。安徽省黄山に発し、浙江省に入り、蘭渓と合流して海に注ぐ。○扁舟 小舟。○洞庭 洞庭湖。○■(ロウ) 漁師が魚を網に追い込むときに、ふなばたを叩いておどろかせる棒。○啾啾 鳴き声を形容する語。○帰寧 帰省して両親を安心させる。○見説 きくところによると。○孤嶼 孤島。○謝公 南朝宋の詩人謝霊運は浙江省温州市の北の甌江中の孤嶼で遊んだという。【訳】江左にて杜越が実家へ帰省のため新安江をくだって行くのを見送る詩。 君を乗せたる帆かけ船楚天めざして今ぞ去る、遠く眺むるわが心あらたに愁いわきおこる。新安江を想ひ見りゃ、君は小舟に身をまかす。清き流れはどこまでも、川底を見りゃ白い石。川の水色深ぶかと、末は洞庭波碧し。船端たたく棒鳴らしその音いまだ鳴りやまず、行く先前路行きて覿(み)るべし。猿の叫びや鳥の声もの悲しくしてやりきれず、杉や松の枝ふりかかる雨音さびしこの夕べ。君が東へ帰省するその姿をば見送れば、新安江の水はただ君のあとをばしたいゆく。人から聞いたところでは江中ひとつ島在りと、旅の途中でその島を詩に詠み我に送るべし。重送裴郎中貶吉州 劉長卿猿啼客散暮江頭、人自傷心水自流。同作逐臣君更遠、青山萬里一孤舟。【韻字】頭・流・舟(平声、尤韻)。【訓読文】重ねて裴郎中の吉州に貶せらるるを送る。猿啼き客散ず暮江の頭(ほとり)、人は自から心を傷ましめ水は自から流る。同じく逐臣お作(な)るも君更に遠く、青山万里一孤舟。【注】乾元二年(七五九)年の作。○裴郎中 未詳。○貶 官位を落とされ遠方に左遷される。○吉州 江南道吉州。いまの江西省吉安市。【訳】ふたたび裴郎中が吉州に左遷されて行くのを見送る。猿悲しげに啼き叫び客かえりゆく川のへり、人は心を傷ましめ水は無心に流れゆく。君われともに都をば追放されし身となるも、君の任地は遠くして、舟に身まかせ青山の万里もつづくそのかなた。嚴陵釣臺送李康成赴江東使 劉長卿潺湲子陵瀬、髣髣如在目。七里人已非、千年水空緑。新安江上孤帆遠、應逐楓林萬餘轉。古臺落日共蕭條、寒水無波更清淺。臺上漁竿不復持、卻令猿鳥向人悲。灘聲山翠至今在、遲爾行舟晩泊時。【韻字】目・緑(入声、屋韻)。遠・転・浅(平声、先韻)。持・悲・時(平声、支韻)。【訓読文】厳陵釣台にて李康成の江東の使ひに赴くを送る。 潺湲たり子陵瀬、髣髴として目のあたりに在るがごとし。七里人已にあらず、千年水空しく緑なり。新安江上孤帆遠く、応に楓林に逐つて万余転ず。古台落日共に蕭条たり、寒水波無くして更に清浅たり。台上漁竿復た持せず、卻つて猿鳥をして人に向つて悲しましむ。灘声山翠今に至るまで在り、遅し行舟晩泊の時。【注】睦州司馬の時の作。○厳陵釣台 浙江省桐廬県の西南の銭塘江にあり。厳光が隠居して釣りをしていたという釣り座。○李康成 『玉台後集』の編者。○江東 長江下流の南岸の地域。○潺湲 水がさらさらと流れるさま。○子陵瀬 厳陵釣台。○髣髴 ぼんやりしているさま。○新安 浙江省淳安県の西南の淳城鎮。○孤帆 たった一艘の帆掛け舟。○楓林 楓(マンサク科の落葉高木。葉は三裂し秋にすこしく紅葉する)の林。○蕭条 ものさびしいようす。○行舟 川を行く舟。○灘声 急流の音。○晩泊 夕方に停泊する。【訳】厳陵釣台において李康成が江東への使者として赴任するのを見送る詩。 水は流るる子陵瀬、髣髴として目にうかぶ。七里の範囲人おらず、いまも昔も水あおし。新安江上舟遠く、楓林に沿い蛇行せん。古台落日さびしくて、川きよらかに波立たず。台上魚釣る人もなく、猿鳥の声いと悲し。瀬音はひびき山あおく今もかわらぬさまなれど、なんじの出船遅くして今宵いづこに宿るらん。新安送陸■(サンズイに「豐」。ホウ)歸江陰 劉長卿新安路、人來去。早潮復晩潮、明日知何處。潮水無情亦解歸、自憐長在新安住。【韻字】去・処(去声、御韻)。路・住(去声、遇韻)。【訓読文】新安にて陸■(ホウ)の江陰に帰るを送る。新安の路、人来たり去る。早潮復た晩潮、明日何れの処なるを知らんや。潮水無情なるも亦た解(よ)く帰る、自ら憐ぶ長く新安に住(とど)まるを。【注】○新安 睦州。晋代に新安郡が置かれたのでいう。【訳】新安の地に君きたり、またこのたびは帰り行く。朝のうしおに夕のしお、明日はいずこに行くやらん。心をもたぬ汐とても海に向かいてかえれども、われはこの土地新安にとどまることこそ悲しけれ。白日重輪慶、玄穹再造榮。鬼神潛釋(一作畜)憤、夷狄遠輸誠。海内戎衣卷、關中賊壘平。山川隨轉戰、草木困(一作助)横行。【韻字】栄・誠・平・行(平声、庚韻)【訓読文】白日重ねて輪慶し、玄穹再び造栄す。鬼神潜かに憤りを釈(と)き(一に「畜」に作る)、夷狄遠く誠に輸(ま)く。海内戎衣巻き、関中賊塁平らぐ。山川転戦に随ひ、草木横行に困しむ(一に「助」に作る)。【注】○白日 太陽。天子の象徴。○玄穹 おおぞら。○夷狄 えびす。野蛮人。○輸 負ける。○海内 国内。四海の内。○戎衣 戦闘時に着るよろい。○関中 函谷関から隴関のあいだの地。陝西省一帯。○賊塁 反逆者のとりで。【訳】天子はふたたび都へとめでたく帰還あそばして、高い大空つくろはる。鬼神は潜かに怒りとき、夷狄は誠にうち輸(ま)けぬ。国内軍服巻きおさめ、関中賊塁平らぎぬ。山河もいくさに巻き込まれ、草も木もみな荒れゆきぬ。題曲阿三昧王佛殿前孤石 劉長卿孤石自何處、對之如(一作疑)舊遊。氛■(「气」の下に「温」の右。ウン)▼(「山のみぎに「見」。ケン)首夕、蒼翠●(「炎」にリットウ。セン)中秋。迥出群(一作奇)峰當殿前、雪山靈(一作臨)鷲慚貞堅。一片夏(一作孤)雲長不去、莓苔古色空蒼然。【韻字】遊・秋(尤韻)。前・堅・然(平声、先韻)。【訓読文】曲阿三昧王の仏殿の前の孤石に題す。孤石何れの処よりす、之に対すれば旧遊のごとし(一に「疑」に作る)。氛■(ウン)たり▼(ケン)首の夕べ、蒼翠たり●(セン)中の秋。迥かに群(一に「奇」に作る)峰を出でて殿前に当たり、雪山霊(一に「臨」に作る)鷲貞堅に慚づ。一片の夏(一に「孤」に作る)雲長く去らず、莓苔古色空しく蒼然たり。【注】至徳二載(七五七)春、丹陽県における作。○曲阿 江蘇省丹陽県。○三昧王仏 二十五菩薩の一。○氛■(ウン) 雲気のさかんにたちこめるさま。○▼(ケン)首 湖北省襄陽の山。晋の羊▽(「示」のみぎに「古」。コ)が平生よくこの山に登ったという。襄陽の民が彼の徳を偲んで碑を建て廟を立てて祭った。その碑を見るものが皆なみだを流すので杜預は堕涙碑と名づけた。○蒼翠○●(セン)中 浙江省●(セン)県。景勝地として有名。○群峰 多くの峰。○当殿前 仏殿の前に位置している、ということ。○雪山 釈迦が前世で菩薩道を修行したというインドの山。○霊鷲 ガンジス川中流域にあった摩掲陀国王舎城の東北の山。如来がかつて説法したという。○貞堅 心正しく仏の教えを堅く守る。○夏雲 楊世明校注『劉長卿集編年校注』(人民文学出版社)に「喩孤石峰勢如雲」とするが、考えすぎであろう。入道雲のような夏の雲が孤石の上にかかってたゆたっているという意味に解してよかろう。○莓苔 コケ。○古色 ふるめいている。○蒼然 青々としているようす。【訳】曲阿の三昧王の仏殿の前の孤石に書き付けた詩。孤石よ、そなたいずこより、この仏殿にきたれるや。これに向かえばかつてより旧知のように思わるる。雲わく▼(ケン)山夕まぐれ、青きは●(セン)中の秋のごと。はるかに群峰抜き出でて仏殿前にそびえたち、雪山霊鷲に勝るとも劣らぬ操の堅さかな。なんじの上に一ひらの雲のかかりて立ち去らず、年月を経て古めきてアオゴケむして蒼あおし。聽笛歌(留別鄭協律) 劉長卿舊遊憐我長沙謫、載酒沙頭送遷客。天涯望月自霑衣、江上何人復吹笛。横笛能令孤客愁、■(サンズイに「碌」の右、ロク)波淡淡如不流。商聲寥亮羽聲苦、江天寂歴江楓秋。靜聽關山聞一叫、三湘月色悲猿嘯。又吹楊柳激繁音、千里春色傷人心。隨風飄向何處落、唯見曲盡平湖深。明發與君別離後、馬上一聲堪白首。【韻字】謫(入声、陌韻)・客(入声、陌韻)・笛(入声、錫韻)。愁・流・秋(平声、尤韻)。叫・嘯(去声、嘯韻)。音・心・深(平声、侵韻)。後・首(上声、有韻)。【訓読文】笛歌を聴く(鄭協律に留別す)旧遊我の長沙に謫せらるるを憐ぶ、酒を載せ沙頭に遷客を送る。天涯望月自から衣を沾し、江上何なる人か復た笛を吹く。横笛能く孤客をして愁へしめ、■(サンズイに「碌」の右、ロク)波淡淡として流れざるがごとし。商声寥亮として羽声苦しく、江天寂歴として江楓秋なり。静かにを関山を聴き一叫を聞き、三湘月色猿嘯を悲しぶ。又た楊柳を吹けば繁音激しく、千里の春色人心を傷ましむ。風に随ひて飄へつて何れの処に向かひて落ちん、唯見る曲尽きて平湖の深きを。明発君と別離しての後、馬上一声白首に堪えんや。【注】○留別 旅立つ者が、とどまる者に離別の情を詩に託して別れる。○鄭協律 未詳。「協律」は、協律郎。音楽を掌る役人。『旧唐書』《職官・三》「太常寺に協律二人有り、正八品上」。○旧遊 旧友。○憐 同情する。○謫 左遷される。○長沙 湖南省長沙市。○載酒 酒を車に載せてもってくる。○沙頭 砂浜のほとり。○遷客 左遷されていく旅人。○天涯 天の果て。非常に遠い土地。○望月 満月。○沾衣 涙で着物を濡らす。○江上 川のほとり。○何人 誰。○吹笛 晋の桓伊は、江左第一の笛の名手とされ、江上で笛を吹いたという。韋応物《聴江笛送陸侍御》「遠く江上の笛を聴きて、觴に臨んで一たび君を送る」。○孤客 孤独な旅人。○■(ロク)波 清らかな波。○淡淡 水がたっぷりと緩やかに流れるようす。○商声 五音(宮・商・角・徴・羽)の一。強くすんだ音。○寥亮 音の澄んださま。○羽声 五音の最も高い音。○寂歴 なにもないようす。○江楓 川べりのカツラ。○関山 関山月の曲。後出の《折楊柳》とともに離別の曲。○三湘 漓湘・瀟湘・蒸湘。○猿嘯 サルの鳴き声。○楊柳 折楊柳の曲。○繁音 テンポの早い音。○何処 どこ。○平湖 平らかな湖面。○明発 夜明け。○白首 白髪頭の老人。【訳】笛歌を聴く。(鄭協律との別れぎわに詠んだ詩)むかし馴染みの君はいま、とおく長沙に流されるわが身の上を思いやり、わざわざ酒を持ち来たり、舟に乗り込む砂浜のほとりに我を見送るか。空の果てなる満月を見るに涙も目ににじみ、悲しさ添える笛の音を川辺に吹くは誰やらん。横笛の音は旅に出る我が悲しみをかきたてて、清き流れは緩やかに波さえたたぬしずけさよ。あるいは強くまた高く澄んだ音色を響かせて、川の上空くもも無く川辺のカツラ紅葉す。耳をすませば聞こえくる曲はその名も関山月、三湘の空月清みて猿の鳴き声いと悲し。次ぎなる曲は折楊柳、奏でる速さいよよ増し、千里はなれた春の色人の心を傷ましむ。ヤナギのわたは風に乗りはてさてどこへ落ちるやら、曲は終わりて眺むれば深さ知られぬ洞庭湖。明朝君と別ての後に、馬上に一声を聴かば老いたるこの我は堪えられようかその辛さ。王昭君歌 劉長卿自矜嬌艷色、不顧丹青人。那知粉繪能相負、卻使容華翻誤身。上馬辭君嫁驕虜、玉顏對人啼不語。北風雁急浮雲(一作清)秋、萬里獨見黄河流。纖腰不復漢宮寵、雙蛾長向胡天愁。琵琶弦中苦調多、蕭蕭羌笛聲相和。誰憐一曲傳樂府、能使千秋傷綺羅。【韻字】人・身(平声、真韻)。虜・語(上声、語韻)。秋・流・愁(平声、尤韻)。多・和・羅(平声、歌韻)。【訓読文】王昭君の歌。自ら嬌艶の色を矜り、丹青の人を顧みず。那ぞ知らん粉絵の能く相ひ負き、卻つて容華をして翻つて身を誤たしめんとは。馬に上り君を辞して驕虜に嫁し、玉顏人に対して啼きて語らず。北風雁急にして浮雲(一に「清」に作る)秋なり、万里独り見る黄河の流るるを。纖腰も復らず漢宮の寵、双蛾長く胡天に向かひて愁ふ。琵琶の弦中苦調多く、蕭蕭たる羌笛声相和す。誰か憐ぶ一曲楽府に伝へ、能く千秋に綺羅を傷ましむるを。【注】○王昭君 前漢の元帝に仕えた宮女。匈奴の王が美女を嫁に求めたとき、多くの宮女を画家に描かせ、その絵の中から醜い女を選んで匈奴の王に与えようとしたが、王昭君は後宮一の美女であったので画家に賄賂をやらず、かえって醜く描かれ、匈奴の王に嫁した。○嬌艶 かわいらしげで、かつ、優美。○丹青人 画家。○那知 どうして知ろう?いや、知るはずもなかった。○らん粉絵の能く相ひ負き、○卻 あべこべに。○容華 顔かたちの美しさ。○翻 あべこべに。○誤身 人生を狂わせる。○辞 別れを告げる。○驕虜 調子にのっている野蛮人。○玉顏 美しい顔。○浮雲 空を漂う雲。○万里 非常に遠い土地。○纖腰 腰がくびれて美しいスタイル。○漢宮 漢の宮中での天子の寵愛。○双蛾 蛾のような美しい眉毛。○胡天 北方の空。○琵琶 ペルシャ・アラブの西域のほうから漢代に中国に伝えられた楽器。胴はナス形で、もと五弦。現在は四弦で、撥を使わず爪で弾く。○蕭蕭 ひっそりとしいてものさびしいようす。○羌笛 中国北西部にいた羌族の吹く笛。もの悲しい音色として詩によまれることが多い。○誰憐 誰がしみじみと感動するだろうか。○楽府 漢代に音楽のことを掌った役所。○綺羅 美しい着物を着た美女。【訳】王昭君の歌。おのが容色すぐるるを誇りて、画家を軽んずる。知らぬ間に顔かたち醜きさまに描かれて、かえって北のえびすの地、骨を埋づむる身となりぬ。馬の背中にゆられつつ天子に別れ嫁にゆく、玉の顏ばせひたすらに涙ながせど声もでぬ。北風吹きて雁は飛び雲のただよう秋の空、万里かなたへただ一人さびしく見るは黄河かな。くびれた腰も漢王の寵愛もどすちからなく、いとうるわしきその眉も愁いに沈む北の空。琵琶かなづれば悲しげな調べが多く、羌笛の音色さびしく冴え渡り、誰か憐ぶ一曲を楽府の役所に伝えつつ、千年ののちもうすものを着た昭君を傷むとは。入桂渚次砂牛穴(一本有石字) 劉長卿扁舟傍歸路、日暮瀟湘深。湘水清見底、楚雲淡無心。片帆落(一作遵)桂渚、獨夜依楓林。楓林月出猿聲苦、桂渚天寒桂花吐。此中無處不堪愁、江客相看涙如雨。【韻字】深・心・林(平声、侵韻)。苦・吐・雨(上声、虞韻)。【訓読文】桂渚に入り、砂牛穴に次(やど)る。(一本「石」の字有り)扁舟帰路に傍ひ、日暮瀟湘深し。湘水清らかにして底を見、楚雲淡くして心無し。片帆桂渚に落ち(一に「遵」に作る)、独夜楓林に依る。楓林月出でて猿声苦しび、桂渚天寒くして桂花を吐く。此中処として愁へに堪へざる無く、江客相看て涙雨のごとし。【注】○扁舟 小舟。○瀟湘 瀟水と湘水。合流して洞庭湖に注ぐ。○楓林 かえでの林。【訳】小舟に乗って帰路つけば、瀟湘深く日は暮れる。湘水清く底見えて、楚雲は淡く空に浮く。桂渚をくだる片帆ぶね、楓林に沿い夜に進む。楓林月に猿さけび、桂渚は寒く桂花咲く。此の地の景物なにもかも愁い催す物ばかり、川ゆく我は堪えかねて袖をばぬらす涙雨。昔忝登龍首、能傷困驥鳴。艱難悲伏(一作仗)劍、提握喜懸衡。巴曲誰堪聽、秦臺自有情。遂令辭短褐、仍欲請長纓。【韻字】鳴・衡・情・纓(鳴・衡・情・纓)。【訓読文】昔忝くす登龍の首、能く傷む困驥の鳴。艱難剣を伏(一作仗)すを悲しび、提握衡を懸くるを喜ぶ。巴曲誰か聴くに堪えん、秦臺自から情有り。遂に短褐を辞せしめ、仍(なほ)長纓を請はんと欲す。【注】○忝 かたじけなくする。受けることを謙遜していう。○登龍首 黄河の竜門に登るを得た鯉は竜になるという伝説から、権力者の取り立てによって出世の糸口をつかむこと。○傷 あわれむ。○困驥鳴 窮地にいる駿馬の鳴き声。活躍の場や良い待遇を得ない者のたとえ。○艱難 苦労ばかり多いこと。○伏剣 剣を伏せておく。○提握 提げ持つ。○衡 はかり。を懸くるを喜ぶ。○巴曲 巴人の歌ういやしい調子の俗曲。○秦臺 自から情有り。○遂 その結果。かくして。○短褐 丈の短い粗末な着物。○仍 そのうえ。○長纓 冠の長い紐。【訳】かつて引き立てにあずかりて、出世の糸口つかみしは、適所をば得ぬ我がために同情よせられかたじけなし。苦労多くて剣をば抜くまもあらずサビ生じ、政策はかりにかけながら民を救うは生き甲斐よ。聴くにたえぬは巴人の歌、都の朝廷なさけ有り。かくして短褐脱がしめて、さらにお役を頂戴せん。贈湘南漁父 劉長卿問君何所適、暮暮逢煙水。獨與不繋舟、往來楚雲裏。釣魚非一歳、終日只如此。日落江清桂楫遲、纖鱗百尺深可窺。沈鉤隨餌不在得、白首滄浪空自知。【韻字】水・裏・此(上声、紙韻)。窺・知(平声、支韻)。【訓読文】湘南の漁父に贈る。 問ふ君何れの所にか適き、暮暮煙水に逢ふ。独りあに舟を繋がず、楚雲の裏に往来す。釣魚一歳にあらず、終日只だ此くのごとくなる。日落ち江清らかにして桂楫遅く、繊鱗百尺深くして窺ふべけんや。沈鉤餌に随ふも得るにはあらず、白首滄浪空しく自ら知る。【注】○湘南 湖南省洞庭湖に注ぐ湘水の南方。○暮暮 毎夕。○煙水 もやのたちこめた川。○楚雲 楚(湖南・湖北省)の地方の空。○桂楫 桂の木でつくった櫂。○滄浪 青く澄んだ川。【訳】湘南の漁父に与える詩。 きょうはいずこで釣りせしや?またこの夕べ君とあう問ふ君何れの所にか適き、暮暮煙水に逢ふ。舟を繋がず、楚の雲の下をあちこち行き来する。釣魚つりはじめ長かろに、日がないちにちこのとおり。日は落ちかかり水清く櫂の進みはいとおそく、川ふかければ一匹の魚の姿もみえぬなり。釣り針に餌をつけたるも魚を得るためにはあらず、白髪あたまで川見つめこの人の世を観ずるなり。赤沙湖 劉長卿茫茫葭■(クサカンムリに「炎」。エン)外、一望一沾衣。秋水連天闊、▲(サンズイに「岑」。シン)陽何處歸。沙鴎積暮雪、川日動寒暉。楚客來相問、孤舟泊釣磯。【韻字】衣・帰・暉・磯。(平声、微韻)。【訓読文】赤沙湖茫茫たる葭■(エン)の外、一望一に衣を沾ほす。秋水連天に連りて闊く、▲(シン)陽何れの処にか帰らん。沙鴎暮雪積もり、川日寒暉動く。楚客来りて相問ひ、孤舟釣磯に泊す。【注】○赤沙湖 湖南省華陽県の南にあり。○茫茫 果てしなく広がるさま。○葭■(エン) アシとヨシ。○▲(シン)陽 湖南省●(サンズイに「豊」)県。○何処 いつ。「処」には、時の意を表す場合がある。○沙鴎 砂浜のカモメ。○孤舟 ただ一つの舟。【訳】赤沙湖を詠んだ詩。果てなく続く葭原や、見れば涙に袖ぬらす。天までつづく秋の川、▲(シン)陽帰るはいつじゃやら。カモメの羽に雪積もり、川面に揺れる陽の光り。楚の旅人が尋ねきて、舟を釣磯に止め宿る。長沙贈衡岳祝融峰般若禪師 劉長卿般若公、般若公。負■(「缶」のみぎに「本」。ハツ)何時下祝融。歸路卻看飛鳥外、禪房空掩白雲中。桂花寥寥閑自落、流水無心西復東。【韻字】公・融・中・東(平声、東韻)。【訓読文】長沙にて衡岳祝融峰般若禅師に贈る。般若公、般若公。鉢を負ひて何れの時にか祝融を下らん。帰路卻つて看る飛鳥の外、禅房空しく掩ふ白雲の中。桂花寥寥として閑(しづか)に自ら落ち、流水無心にして西復東す。【注】大暦六年(七七一)秋、潭州における作。○長沙 湖南省長沙市。○衡岳 湖南省衡岳県の西にある山。中国五岳の一。南岳。○祝融峰 衡山に七十二峰あるとされるその最高峰。○般若禅師 楊世明校注『劉長卿集編年校注』によれば、ケイ賓国の人で、玄宗の時、中国に来て経典の翻訳に従事した醴泉寺の僧かという。○公 尊称。○鉢 僧侶の食器。○何時 いつになったら。○帰路 かえりみち。作者が山上の寺を訪ねて帰るみちみちということであろう。○卻 かえって。あべこべに。○禅房 禅宗寺院。○桂花 モクセイの花。○寥寥 ひっそりとしてさびしい。○閑 静かに。○無心 きわめて自然に。○西復東 西に向かってながれ、曲折して東に向かう。【訳】長沙において衡山の祝融峰の般若禅師に贈る詩。般若禅師、般若禅師。鉢を負い、いつになったら祝融峰を下られる。帰りがけにあべこべに飛ぶ鳥のむこうの山上をみれば、禅寺の上をしずかに覆う白い雲。モクセイの花はらはらと音もたてずに散りゆきて、流るる水は西に向きまた東へと向き変える。潁川留別司倉李萬 劉長卿故人早負干將器、誰言未展平生意。想君疇昔高歩時、肯料如今折腰事。且知投刃皆若虚、日揮案牘常有餘。槐暗公庭趨小吏、荷香陂水膾鱸魚。客裏相逢款話深、如何岐路剩霑襟。白雲西上催歸念、潁水東流是別心。落日征驂隨去塵、含情揮手背城■(「門」のなかに「煙」のみぎ。イン)。已恨良時空此別、不堪秋草更愁人。【韻字】器・意・事(去声、▲〔「宀」のしたに「眞」。シ〕韻)。虚・余・魚(平声、魚韻)。深・襟・心(平声、侵韻)。塵・■(イン)・人(平声、真韻)。【訓読文】潁川にて司倉の李万に留別す。故人早に負く干将の器、誰か言ひし未だ平生の意を展べざると。想ふ君の疇昔高歩の時、肯(あに)料らんや如今腰を折る事を。且に投刃を知らんとすれば皆虚のごとく、日に案牘を揮へば常に余り有り。槐暗くして公庭に小吏趨り、荷香ばしくして陂水鱸魚を膾(なます)にす。客裏相逢ひて款話深く、如何(いかん)せん岐路剩つさへ襟を霑すを。白雲西上帰念を催し、潁水東流是れ別心。落日征驂去塵に随ひ、情を含み手を揮ひて城■(「門」のなかに「煙」のみぎ。イン)に背(そむ)く。已に恨む良時空しく此に別れ、秋草に堪えず更に人を愁へしむ。【注】天宝の初め、東遊の途中で潁川にさしかかった時の作。○潁川 唐の河南道の郡の名。天宝元年に許州を改めて潁川と称した。○留別 。○司倉李万 李万は潁川郡の司倉参軍をつとめた。○干将器 宝剣。春秋時代に干将・莫邪という刀鍛冶の夫妻がおり、鋭利無類の二つの剣を造り、刀も干将・莫邪と呼ばれる。ここでは才能ゆたかな賢人をたとえる。○誰言 いったい誰が予想したであろうか。反語表現。ひし未だ平生の意を展べざると。○疇昔 むかし。○高歩 俗世間を遠く超越する。○肯料 どうして予想しようか。反語表現。○如今 いま。○折腰 ペコペコする。。『晋書』《陶潜伝》「潜、彭沢の令に任ぜられ、歳の終はりに郡督郵をして至らしむ、県の吏、潜に束帯して之に見えんことを請ふ。乃ち嘆じて曰く、『我豈能く五斗米の為に腰を折りて郷里の小児に向かはんや』と。即日官を辞す」。○且A 今にもAしようとする。○投刃 刀を放る。孫綽《天台山賦》「刃を投げて皆虚なり、牛を目して全たきこと無し」。○案牘 公文書。○槐 エンジュ。○公門 郡の役所。○小吏 木っ端役人。○趨 小走りする。○膾 肉や魚を細切りにしてなますに調理する。○鱸魚 呉の松江に産する魚の名。『晋書』《張翰伝》「張翰、字は季鷹、呉郡呉の人なり。……斉王冏辟して大司馬東曹掾と為す。……因つて秋風の起こるを見、乃ち呉中の菰菜・蓴羮・鱸魚の膾を思ひて曰く、『人生志に適せんことを得るを貴ぶ、何ぞ能く宦に数千里に羈がれて以て名爵を要せんや』と。遂に駕を命じて帰る。○款話 うちとけた談話。○如何 どうすればよいか。反語表現。○岐路 分かれ道。○剩 おまけに。○霑襟 涙を流して着物の襟をぬらす。○白雲西上催帰念 白い雲を見て洛陽に帰りたいと思う。『荘子』《天地》「彼の白雲に乗り、帝郷に至らん」。○潁水 潁水西南して襄城県の界より長社県に流入す。○征驂 旅人の乗る馬車。「驂」は、三頭立て、または四頭立ての馬車の両端の馬。○城■(イン) 城門。○良時 よい時節。○空 ただただ。【訳】潁川で司倉の李万に別れる際に詠んだ詩。君は早くに有能な才にそむいて地方官、未だ中央高官の望み遂げずとは誰が想像しったであろ。君も昔は超俗の高き心を持ちたるに、今腰折りて上役に頭をさげる身分とは。刃を投げんと欲すればスイと虚空を斬るごとく、日々に文書をめくりつつ仕事こなすに余裕あり。槐植えたるお役所の庭に小走り小役人、ハチスの花の香ぐわしき川べり鱸魚を膾にす。客間の楽しき語らいにあっという間に時は過ぎ、涙に濡れるわがころも、この別れをばいかにせん。空に浮かべる白雲は西に帰るをせきたてて、潁水東に流れさり離ればなれの心かな。沈む夕陽は乗る馬車の蹴立てるホコリ赤く染め、名残惜しさに手を振りて町に背を向けあとにする。楽しき時は過ぎ去りて避けて通れぬこの別れ、秋の草まで枯れかけてさびしさ添うるこの夕べ。《恩敕重推使牒追赴蘇州、次前溪館作》漸入雲峰裏、愁看驛路閑。亂鴉投落日、疲馬向空山。且喜憐非罪、何心戀末班。天南一萬里、誰料得生還。【韻】閑・山・班・還(平声、刪韻)。【訓読文】《恩敕にて重ねて使牒を推し追つて蘇州に赴き、前渓館に次(やど)りて作る》漸く入る雲峰の裏、愁ひて看る駅路の閑なるを。乱鴉は落日に投じ、疲馬は空山に向かふ。且らく喜ぶ罪に非ざるを憐れぶを、何なる心もつてか末班を恋ふる。天南一万里、誰か料りき生還するを得んと。【注】○恩敕 天子の命令。○使牒 使者のもたらす文書。○前渓館 湖州武康県の西の宿場の旅館。○末班 低い官位。【訳】《天子のご恩により再び文書を推しいただき蘇州に戻る途中、前渓館に宿泊した折の作》漸く雲の峰にいり、はるかな旅路を愁い見る。カラス夕陽に乱れ飛び、馬はトボトボ山めざす。ひとまずよろこぶ我が身には罪無きことをしらるるを、なぜにいまさら末端の低い地位をば望もうや。都の南一万里離れた土地に流されて、生きて還るを得ようとは誰が想像したろうか。區宇神功立、謳歌(一作謠)帝業成。天回萬象慶、龍見五雲迎。小苑春猶在、長安日更明。星辰歸正位(一作路)、雷雨發殘生。【韻字】成・迎・明・生(平声、庚韻)。【訓読文】区宇神功立ち、謳歌す(一に「謡」に作る)帝業の成れるを。天回りて万象慶び、龍見(あら)はれて五雲迎ふ。小苑春猶ほ在り、長安日更に明らかなり。星辰正位(一に「路」に作る)に帰し、雷雨残生を発す。【注】○区宇 天下。○神功 かみわざ。人の力では及ばぬ巧みな製作。○帝業 天子が天下を治める事業。○万象 ありとあらゆるもの。○五雲 青・白・赤・黄・黒の五色を備えた雲。○星辰 ほし。古代中国では天体に異常が現れると、地上で災いなどが起こるとされていた。○残生 災難をまぬかれて生き延びた命。【訳】天下に神のわざ示し、帝王の業よろこばし。天のめぐりも順調に万物慶びみちみちて、龍もあらわれ雲迎う。小さな庭にも春在りて、長安の日の明るさよ。星本来の位置に帰し、雷雨は命をつなぎとむ。至徳三年春正月、時謬蒙差攝海鹽令、聞王師收二京、因書事、寄上浙西節度李侍郎中丞行、五十韻 劉長卿天上胡星孛、人間(一作東山)反氣横。風塵生汗馬、河洛縱長鯨。本謂(一作為)才非據、誰知(一作防)禍已萌。食參將可待、誅錯輒為名。萬里兵鋒接、三時羽檄驚。【韻字】横・鯨・萌・名・驚(平声、庚韻)。【訓読文】至徳三年春正月、時に謬つて差を蒙り海塩令に摂り、王師の二京を収むるを聞き、因つて事を書し、寄せて浙西節度李侍郎中丞に上(たてまつ)る行(うた)、五十韻。天上胡星孛(くら)し、人間(一に「東山」に作る)反気横たはる。風塵汗馬を生じ、河洛長鯨を縱にす。本より謂ふ(一に「為」に作る)才は拠に非ずと、誰か知らん(一に「防」に作る)禍ひ已に萌すを。参を食し将た待つべけんや、錯を誅し輒ち名を為す。万里兵鋒接し、三時羽檄に驚く。【注】○至徳三年 七五八年。○海塩 浙江省の県名。○王師 帝王の軍隊。○二京 長安と洛陽。○天上 天空。○胡星 北方の胡の空の星。スバル。○孛 暗い。○反気 謀反の気配。○風塵 兵乱。○汗馬 今のフェルガーナ地方(大宛国)に産出したアラビア馬。血のような赤い汗を流すと考えられた名馬。○河洛 黄河と洛水。○長鯨 大きなクジラ。転じて欲深い大悪人のたとえ。ここでは安史の反乱軍を指す。○才非拠 才能は鎮守に堪えられない。○誰知 反語で誰も知らない。○禍 わざわい。○食参 むかし伍参が晋の軍と戦うことを主張したとき、孫叔敖が、「戦いに勝てないときには、伍参の肉を食ってもよいか」と言って反対した故事。「伍参」を楊国忠になぞらえる。○誅錯 「錯」は、後漢の政治家、晁錯。(?~前一五四年)潁川の人。張恢に刑名学を学ぶ。掌故・太子舎人・門大夫・家令・中大夫・内史を経て、御史大夫に上った。人柄は峻厳にして苛酷であったが、景帝に重んじられた。諸侯の領地をことあるごとに削ったため、呉楚七国の乱をまねき、呉・楚などは晁錯を除くことを大義名分とし、竇嬰や袁▽(「央」の下に「皿」。オウ)が晁錯を除くことを進言したため、晁錯は召し出されて処刑された。ここでは安禄山が反乱して楊国忠を討つのを大義名分としたことを指す。○輒 そのたびに。○為名 大義名分とする。○万里 広い地域。○兵鋒 武器の切っ先。○三時 ここでは朝・昼・晩ということか。○羽檄 木の札に書き、緊急であることを知らせるために鳥の羽をはさんだ文書。【訳】至徳三年春正月、時に謬つて左遷され海塩の令となって政治を行っていたが、帝王の軍隊が長安・洛陽を奪回したのを聞いて、そこで事情を書き記し、浙西節度使の李侍郎中丞に宛ててたてまつった歌。空のスバルは暗くして、地上に反乱の気ふくむ。兵乱の地に名馬あり、河洛に逆賊のさばれり。非才のものに節度使を任せたことですでにはや、将来起こる災いの種となるこそ恐ろしけれ。奸臣楊国忠めをば誰が退治てくれるやら、安禄山の国忠を討つを名分とはなせり。各地で戦闘繰り広げ、火急の文書日々たえず。明月灣尋賀九不遇二首 劉長卿  其一楚水日夜緑、傍江春草深(一作滋)。青青遙滿目、萬里傷歸心(一作心歸)。【韻字】深・心(平声、侵韻)。【訓読文】明月湾にて賀九を尋ねしも遇えず。楚水日夜緑にして、江に傍ひて春草深し。青青として遥かに目に満ち、万里帰心を傷ましむ。【注】至徳二載(七五七)春、長洲における作。○楚水 呉の地は戦国時代に楚に属したので、太湖および松江等の川を指す。○明月湾 太湖の洞庭山下にあり。○賀九 賀朝。越州の人。賀知章・万斉融・張若虚・■(「形」の「彡」をオオザトに換えた字。ケイ)巨・包融などと名を斉しくした。官は山陰の尉に至った。【訳】明月湾において賀九を訪問したが留守で会えなかったことを詠んだ詩。楚水は日夜緑にて、川沿い春の草深し。川の流れも川原の草も見渡す限り青青と、君に会えずに消沈し我が家へ帰るとぼとぼと。  其二故人川上復何之、明月灣南空所思。故人不在明月在、誰見孤舟來去時。【韻字】之・思・時(平声、支韻)。【訓読文】故人川上復た何くにか之く、明月湾南空しく思ふ所。故人在らずして明月在り、誰か見ん孤舟来去の時。【訳】川のほとりを我が友は家空けどこへいったやら、明月湾の南にて空しく君を思ふなり。旧友家にあらずして明月のみぞ空にある、誰が見るやらわが舟の寂しく行き来するさまを。望龍山懷道士許法稜 劉長卿心惆悵、望龍山。雲之際、鳥獨還。懸崖絶壁幾千丈,緑蘿嫋嫋不可攀。龍山高、誰能踐。靈原中、蒼翠晩。嵐煙瀑水如向人、終日迢迢空在眼。中有一人披霓裳、誦經山頂餮瓊漿。空林閑坐獨焚香、真官列侍儼成行。朝入青霄禮玉堂、夜掃白雲眠石床。桃花洞裏居人滿、桂樹山中住日長。龍山高高遙相望。【韻字】山・還・攀(平声、刪韻)。裳・漿・香・行・堂・床(平声、陽韻)。長・望(去声、漾韻)【訓読文】龍山を望みて道士許法稜を懐ふ。心惆悵として、龍山を望む。雲の際、鳥独り還る。懸崖絶壁幾千丈、緑蘿嫋嫋として攀づべからず。龍山高く、誰か能く践まん。霊原の中、蒼翠の晩べ。嵐煙瀑水人に向かふがごとく、終日迢迢として空しく眼に在り。中に一人の霓裳を披(き)たる有り、山頂に誦経して瓊漿を餮す。空林閑ろに坐して独り香を焚き、真官列侍儼(おごそか)に行を成す。朝に青霄に入りて玉堂を礼し、夜に白雲を掃きて石床に眠る。桃花の洞裏居人満ち、桂樹の山中住日長し。龍山高高として遥かに相望む。【注】○龍山 湖北省江陵県の西北にある山。○道士 道教の僧。○許法稜 未詳。○惆悵 嘆き悲しむさま。○懸崖 高くきりたったがけ。○丈 十尺。○緑蘿 青々としたツタ。○嫋嫋 細く弱々しい。○攀 捕まって登る。○践 のぼって辿り着く。○霊原 神聖な原野。○蒼翠 つやのある青緑の木々。○嵐煙 山の霧やもや。○瀑水 滝。○終日 一日中。○迢迢 遠くはるかなさま。○霓裳 雲でつくるという神仙の着物。○誦経 経典を読み上げる。○瓊漿 「瓊樹」の花や露を食すると長生を得るという。○空林 ひとけのないひっそりとした林。○閑坐 静かに腰をおろす。○真官 仙官。○儼 端正で威厳があるさま。おごそか。○青霄 あおぞら。○玉堂 仙人の住む所。○石床 石のベッド。○桃花洞裏居人満 陶淵明《桃花源記》をふまえるか。【訳】龍山を遠く眺めて許法稜道士をおもう。心さびしく、龍山のかたを望めば、雲のきわ、一羽の鳥がねぐらをば、目指してかえる夕まぐれ。きりたつ断崖絶壁は幾千丈ぞその高さ、緑のツタはなよなよとからむも登れぬ雲の上。龍山高く険しくて、山頂きわむる者ぞ無き。霊原の中、青々と繁る草木に日は暮るる。大きな滝は水煙まきあげ人に向かふごと、終日はるばる見やれども景色想像するばかり。さる山中に君一人、霓裳を着て山頂に、道教経典よみあげて露のみして瓊漿を餮す。ひっそりとして人けなき林のうちに腰おろし香をば焚けば、真官の列侍あらわれ威儀ただし行列をなす整然と。朝は青空飛行して神まつりたる堂拝み、夜は白雲をうちはらい石の床にぞ枕する。桃花の洞裏人多く、桂樹の山中長く住む。龍山空に高高と今日も遥かに眺めやる。自江西歸至舊任官舍贈袁贊府(時經劉展平後) 劉長卿欲見同官喜復悲、此生何幸有歸期。空庭客至逢遙落、舊邑人稀經亂離。湘路來過迴雁處、江城臥聽擣衣時。南方風土勞君問、賈誼長沙豈不知。【韻字】悲・期・離・時・知(平声、支韻)。【訓読文】江西より旧任の官舍に帰り至り袁賛府に贈る。(時に劉展の平らぎたるを経ての後なり)同官を見んと欲して喜び復た悲しぶ、此の生何なる幸あつてか帰る期有る。空庭客至りて遥落に逢ひ、旧邑人稀にして乱離を経たり。湘路来たり過ぐ迴雁の処、江城臥して聴く擣衣の時。南方風土勞君の問ふを労(わづら)はす、賈誼長沙豈知らざらんや。【注】上元二年(七六一)秋、長洲県(江蘇省蘇州市)の官舎に至りての作。○江西 江南西道。治所は江西省南昌市。○袁賛府 未詳。「賛府」は県丞。○劉展 上元元年十一月に、宋州刺史の劉展、赴き揚州を鎮ず。揚州長史の■(「登」にオオザト。トウ)景山、兵をもってこれを拒むも、劉展の敗る所と為り、劉展進みて揚州・潤州・昇州等を陥る。上元二年春正月、平盧兵馬使の田神功、劉展を生けながら擒へ、揚州・潤州平ぐ。○迴雁処 衡州の城南の回雁峰。○江城 川のほとりの町。○擣衣 冬着の準備のために布をしなやなにするために砧にのせて槌で打つ。秋の風物詩。○風土 山川・気候・物産・風俗等の地方の特色。○労 わずらわせる。○賈誼 前漢の政治家・文人。洛陽の人。文帝に仕えて改革を行ったが、保守派に阻まれ長沙に左遷された。詩賦に長じた。(前二〇○頃…前一六八頃)。ここでは袁賛府を指す。【訳】江西から旧任の官舎に帰ってきて、知人の袁賛府に贈った詩。(ちょうど劉展が平定されたあとである)同僚に会ふと思えばうれしくもまた悲しくもあることよ、幸運あってまたここへ帰ることをば得たるとは。はるか遠くに流されて来て見りゃ庭も人けなく、村に人影稀なるは世の乱れたるしるしなり。湘江沿いの路を来て回雁峰を通り過ぎ、川べの町に日は暮れて砧の響き床に聴く。南の風俗習慣をあれこれ君に問いかけりゃ、さすがは長沙の賈誼殿は聴かれて答えぬこともなし。送裴二十端公使嶺南 劉長卿蒼梧萬里路、空見白雲來。遠國知何在、憐君去未迴。桂林無葉落(一作落葉)、梅嶺自花開。陸賈千年後、誰看朝漢臺。【韻字】来・迴・開・台(平声、灰韻)。【訓読文】裴二十端公の嶺南に使ひするを送る。蒼梧万里の路、空しく見る白雲の来たるを。遠国何くに在るかを知らん、憐れぶ君の去りて未だ迴らざるを。桂林葉の落つる無く(一に「落葉」に作る)、梅嶺自から花開く。陸賈千年の後、誰か看ん朝漢台。【注】○裴二十端公 未詳。○嶺南 湖南・広東の境にある五嶺の南。広東・広西チワン族自治区。○蒼梧 唐の嶺南道の郡の名。乾元元年(七五八)復た蒼梧と為す。治所は蒼梧県に在り。即ち今の広西省梧州市。○白雲来。 『芸文類聚』巻一《雲》「『帰蔵』白雲の蒼梧より出で、大梁に入る有り」。○桂林 秦の郡の名。いまの広西および広東西南部一帯。○陸賈 漢の初めの弁舌家。かつて二度、南越に使者として赴き、尉佗を諭して漢に帰せしめ、太中大夫を授けられた。○朝漢台 故址は広州にあり。『輿地紀勝』《広南東路広州》「朝漢台は城の西五里に在り。……『南越史』に、昔、尉佗みづから南越王と称す。漢、陸賈をして労問し、因つて説きて以つて漢に帰せしむ。佗、賈を留むること数月、台を為りて以つて飲す。後に正朔に遇ひ、此に遇ひて北のかたに向ひて朝す。因つて以つて之に名づく」。【訳】裴二十端公が嶺南に使者として行くのを見送る。蒼梧はここより一万里、白雲のみぞ飛び来たる。遠国いったいどこじゃやら、君は未だにもどりこぬ。桂林の地は秋もなく木の葉も散らぬ土地と聞く、梅嶺までは春来れば自ずと花を開かせる。陸賈没してはや千年、誰が看るやら朝漢台。小鳥篇上裴尹 劉長卿藩籬小鳥何甚微、翩翩日夕空此飛。只縁六▲(「隔」のみぎ+羽。カク)不自致、長似孤雲無所依。西城黯黯斜暉落、衆鳥紛紛皆有託。獨立雖輕燕雀群、孤飛遠懼鷹■(「壇」のみぎ+鳥。セン)搏。自憐天上青雲路、弔影徘徊獨愁暮。銜花縱有報恩時、擇木誰容托身處。歳月蹉●(足+它。タ)飛不進、羽毛憔悴何人問。遶樹空隨鳥鵲驚、巣林只有鷦鷯分。主人庭中蔭喬木、愛此清陰欲棲宿。少年挾彈遙相猜、遂使驚飛往復迴。不辭奮翼向君去、唯怕金丸隨後來。【韻字】微・飛・依(平声、微韻)。落・託・搏(入声、薬韻)。路・暮・(去声、遇韻)・処(去声・御韻)。(去声、遇韻)。進(去声・震韻)・問・分(去声・問韻)。木・宿(入声・屋韻)。猜・迴・来(平声、灰韻)。【訓読文】小鳥篇。裴尹に上(たてまつ)る。藩籬小鳥何ぞ甚だ微なる、翩翩として日夕空しく此に飛ぶ。只六▲(「隔」のみぎ+羽。カク)に縁つて自ら致さず、長く孤雲に似て依る所無し。西城黯黯として斜暉落ち、衆鳥紛紛として皆託有り。独立燕雀の群を軽んずと雖も、孤飛遠く鷹■(「壇」のみぎ+鳥。セン)の搏つを懼る。自ら憐ぶ天上青雲の路、影を弔ひ徘徊す独り愁ふる暮べ。花を銜み縦ひ恩に報ゆる時有りとも、木を択ぶに誰か容さん身を托する処。歳月蹉●(足+它。タ)として飛べども進まず、羽毛憔悴して何れの人をか問はん。樹を遶りて空しく随ふ鳥鵲の驚くに、林に巣くひて只だ有り鷦鷯の分。主人庭中喬木を蔭とし、此の清陰を愛して棲宿せんと欲す。少年弾を挾みて遥かに相猜み、遂に驚飛して往復に回らしむ。辞せず翼を奮つて君に向つて去るを、唯だ怕る金丸の後に随つて来るを。【注】天宝のはじめ、洛陽における作。○裴尹 河南府の尹をつとめた裴敦。○藩籬 かきね。○翩翩 飛翔するようす。○日夕 朝晩。○只 ただひたすら。○六▲(「隔」のみぎ+羽。カク) 鳥の丈夫なつばさ。○致 「官を辞する」意をきかせたか。○孤雲 ぽつんと一つだけ空にうかぶ雲。よるべないもののたとえ。○西城 町の西側。○黯黯 くらいようす。○斜暉 傾いた陽光。○衆鳥 多くの鳥。○紛紛 数多いさま。○燕雀群 燕や雀のむれ。つまらない人物のたとえ。○懼 おそれる。おじけてびくびくする。○鷹■(「壇」のみぎ+鳥。セン) 猛禽。○搏 攻撃する。○青雲 仕官して出世すること。○弔影 我が身の影を見て自らあわれむ。○徘徊 あちこちさまよう。○独愁 一人でうれえる。○銜花 『後漢書』《楊震伝》「楊宝年九歳の時、華陰山の北に至り、一の黄雀の鴟梟の搏つ所と為り、樹下に墜ち、螻蟻の困しむる所と為るを見る。宝之を取りて以つて帰り、巾箱の中に置き、唯だ黄花を食はしむること、百余日、毛羽成り、乃ち飛び去る。其の夜、黄衣の童子有り、宝に向かつて再拝し、……白環四枚を以つて宝に与へて曰く『君が子孫をして潔白にして、位三事に登ること、当に此の環のごとくならしめん』」と。○縦 たとい。○報恩 ご恩にむくいる。○択木 木を選んで止まる。出世の手がかりを求めるたとえ。○托身 身をまかせる。○歳月 年月。○蹉●(足+它。タ) 空しく過ぎ去る。○憔悴 やせて疲れる。○鳥鵲 カササギ。○巣 巣をかける。○只 ただ。それだけ。○鷦鷯 ミソサザイ。『荘子』《逍遥游》「鷦鷯深林に巣くふも一枝に過ぎず」。ミソサザイは深い林に巣をかけるが、巣をつくるのは一枝にすぎない。人も各自の分相応に甘んじることのたとえ。○主人 裴尹をさす。○喬木 高く大きい木。○清陰 涼しい木陰。○棲宿 住みつく。○少年 若者。○挟弾 はじきだまを指ではさむ。○相猜 恨む。○驚飛 びっくりして飛び立つ。○奮翼 羽ばたく。○怕 おそれおののく。○金丸 黄金の弾丸。『西京雑記』巻四「韓嫣弾を好み、金を以つて丸と為し、児童常に随つて之を拾ふ」。【訳】小鳥の歌。裴尹に差し上げる。垣根の小鳥そなたなぜ体そんなにちっぽけな、羽をぱたぱた動かして朝な夕なに飛びきたる。ただ翼のみじょうぶにて自ら巣には帰らねど、空ゆくはぐれ雲に似てこれといいたるよるべなし。西の城には闇せまり傾く夕陽すでに落ち、多くの鳥は一斉におのが古巣に帰るなり。独りスズメやツバクロの群をばつねに侮れど、一羽で飛べばタカなどの襲いくるのにビクビクす。ああ大空の雲はるか、おのが影見てなぐさめて空をふらふら飛びめぐり独り愁えるこの夕べ。たといこの先いままでの恩に報いる時あるも、木を択ぶにも我が身をば托する処あるやらん。時はむなしく過ぎ去りて飛べどもなかなか進まずに、翼は疲れ力無くいったい誰をば訪れん。樹を遶りて空しく随ふ鳥鵲の驚くに、林に巣くひて只だ有り鷦鷯の分。殿のお庭の高い木を蔭とたのんで、その枝の涼しい木陰に身を寄せて宿を仮ろうと思います。若者指に弾挾み遥かに我をうらやめば、遂に驚き飛びたちてあちらこちらと逃げ回る。殿に向って飛びゆくに別に遠慮はいたさねど、若者はなつ黄金の弾丸我が身の後ろから迫りくるをただおそる。戲贈干越尼子歌 劉長卿■(「番」にオオザト。ハ)陽女子年十五、家本秦人今在楚。厭向春江空浣紗、龍宮落髮披袈裟。五年持戒長一食、至今猶自顏如花。亭亭獨立青蓮下、忍草禪枝繞精舍。自用黄金買地居、能嫌碧玉隨人嫁。北客相逢疑姓秦、鉛花抛卻仍青春。一花一竹如有意、不語不笑能留人。黄▲(「麗」のみぎに「鳥」。リ)欲棲白日暮、天香未散經行處。卻對香爐閑誦經、春泉漱玉寒●(ザンズイに「令」。レイ)●。雲房寂寂夜鐘後、呉音清切令人聽。人聽呉音歌一曲、杳然如在諸天宿。誰堪世事更相牽、惆悵迴船江水▼(サンズイに「碌」のつくり。ロク)。【韻字】紗・裟・花(平声、麻韻)。舎・嫁(去声、マ「示」へんに「馬」韻)。秦・春・人(平声、真韻)。暮(去声、遇韻)・処(去声、御韻)。経・●・聴(平声、青韻)。曲・宿(入声、屋韻)・▼(入声、沃韻)。【訓読文】戲れに干越の尼子に贈る歌。■(ハ)陽の女子年十五、家は本と秦の人にして今は楚に在り。春江に向いて空しく紗を浣ふを厭ひ、龍宮にして落髮して袈裟を披る。五年戒を持ちて長に一食のみ、今に至るまで猶ほ自から顏花のごとし。亭亭として独り立つ青蓮の下、忍草禅枝精舍繞る。自ら黄金を用つて地を買ひて居り、能く碧玉の人に随つて嫁するを嫌ふ。北客相逢へば姓秦なるかと疑ひ、鉛花抛卻して仍ほ青春。一花一竹意有るがごとく、語らず笑まずして能く人を留む。黄▲(「麗」のみぎに「鳥」。リ)棲まんと欲す白日の暮べ、天香未だ散ぜず経行の処。卻つて香爐に対して閑に経を誦し、春泉玉に漱ぎて寒くして●(レイ)●たり。雲房寂寂たり夜鐘の後、呉音清切として人をして聴かしむ。人呉音を聴きて一曲を歌ひ、杳然として諸天に在いて宿するがごとし。誰か堪へん世事の更に相牽くに、惆悵として船を江水の▼(ロク)なるに迴らす。【注】○干越の尼子に贈る歌。○■(ハ)陽 饒州。いまの江西省波陽。の女子年十五、家は本と秦の人にして今は楚に在り。春江に向いて空しく沙を浣ふを厭ひ、龍宮にして○落髮 剃髪する。○袈裟 法衣。○持戒 仏教の戒律を守る。○一食 斎日においては食事は一度。○禅枝 楊。りて精舍繞る。○自用黄金買地居 給孤独長者は祇陀太子のために大金をはたいて土地を買い祗園精舎を建てた。○碧玉 貧乏人の家のむすめ。○姓秦 容姿端麗な美女。古楽府《陌上桑》「秦氏に好女有り、自ら名づけて羅敷と為す」。○鉛花 おしろい。○黄▲(「麗」のみぎに「鳥」。リ) チョウセンウグイス。○天香 寺で焚くお香。○経行 坐禅で眠くなると眠気覚ましに小走りする。○卻対 まっすぐむかう。○●(レイ)● 音声の美しいさま。○呉音 呉の地方の澄んだ音楽。○諸天 仏教の経典にいう欲界十天、色界十八天、無色界四天の総称。【訳】戲れに干越の尼さんに贈る歌。■(ハ)陽の女子は年十五、先祖の住みしは秦あたり、今は引越し楚にぞ住む。春の川辺に布洗う平凡な暮らし背をむけて、寺にて御ぐしそり落とし袈裟を着る身となりにけり。出家してよりはや五年、きびしき戒をたもちつつ、食事は一日一度のみ、容色今に衰えず。青蓮の下独り立ち、忍草と楊はびこりて精舍のまわり取り巻けり。金を払って土地を買い一人この地に修行して、庶民の娘のするように嫁に行くのも断れり。一目見るだに美しく、化粧せずとも花ざかり。風情たっぷり植えられた一つ一つの花や竹、ものをも言わず笑まねども人の足をば引き留める。夕暮れウグイス飛び来り、あたりは香がたちこめる。香爐にむかい経を読み、春の泉に口きよむ。雲わきおこる山中の僧房寂し夜の鐘、呉音のひびき清切に人に耳をばすましむる。呉音聴く人歌うたい、天にものぼる心地よさ。されどもこうしていつまでもここにとどまることならず、世間の俗事にひかれつつ、船をめぐらす悲しさよ。凶醜將除蔓、奸豪已負荊。世危看柱石、時難識忠貞。薄伐徴貔虎、長驅擁旆旌。呉山依重鎮、江月帶行營。【韻字】荊・貞・旌・営(平声、庚韻)。【訓読文】凶醜将に蔓を除かれんとし、奸豪已に荊を負ふ。世危ふくして柱石を看、時難くして忠貞を識る。薄伐貔虎を徴す。長駆旆旌を擁す。呉山に重鎮依り、江月行営に帯びたり。【注】○凶醜 兇悪で醜い連中。○負荊 裸になり、イバラを背負って罪に服する。廉頗の故事。○薄 …しようとする。○貔虎 「貔」はトラに似た猛獣。勇猛な兵士のたとえ。○旆旌 はたのぼり。○帯 映す。○呉山 浙江省杭州の西湖の東南にあり。○重鎮 兵権を握って重要な地域を治めている者。李希言を指す。○江月 揚子江の上空の月。○行営 節度使の軍営。【訳】悪しき者ども除かれて、首領もすでに罰せらる。世のピンチには救世主、あらわれ出でて世を救い、悪い時期こそ忠義の士、操の固き者をしる。勇猛果敢な兵士をば召し寄せ反乱軍を討ち、遠く出向いて旗をたて乱れた御世を立て直す。重鎮呉山を拠点とし、陣営照らす川の月。【本文】九日、心もとなさに明けぬから船をひきつつのぼれども川の水なければゐざりにのみゐざる。この間に和田の泊りのあかれのところといふ所あり。よねいをなどこへばおこなひつ。【訳】二月九日、京に着く待ち遠しさに、夜があけぬうちから、船を曳きつつ川をさかのぼるけれども、川の水量がじゅうぶん無いので、のろのろと進む。ところで、和田の船着き場の川の枝分かれという土地がある。物乞いが米や魚などを乞うので、施した。【本文】かくて船ひきのぼるに渚の院といふ所を見つつ行く。その院むかしを思ひやりて見れば、おもしろかりける所なり。しりへなる岡には松の木どもあり。中の庭には梅の花さけり。ここに人々のいはく「これむかし名高く聞えたる所なり。故惟喬のみこのおほん供に故在原の業平の中将の「世の中に絶えて櫻のさかざらは春のこころはのどけからまし」といふ歌よめる所なりけり。【訳】こうして船を曳き川をさかのぼる時に渚の院という所を見ながら進んだ。その院は、むかしを想像しながら見ると、興味ぶかい所である。後方の丘には松の木がいくつもある。中の庭には梅の花が咲いている。ここで人々が言うには、「これは昔有名だった所だ。故惟喬親王の御供で故在原業平の中将が「世の中に絶えて桜のさかざらは春のこころはのどけからまし」といふ歌を作った所だなあ。【本文】今興ある人所に似たる歌よめり、「千代へたる松にはあれどいにしへの声の寒さはかはらざりけり」。【訳】今、風流を解する人が場所にふさわしい歌を作った。「千年も年を経ている松ではあるが、むかしながらの松風の音の寒々しさは変わらないのだなあ」。【本文】又ある人のよめる「君恋ひて世をふる宿のうめの花むかしの香にぞなほにほひける」といひつつぞ都のちかづくを悦びつつのぼる。【訳】また、ある人が作った歌、「惟喬親王を恋しく思いながら年を経る院の梅の花が、むかしと同様の良い香に依然として匂っているなあ」などと言いながら、都が近づくのを喜びながら川をさかのぼる。【本文】かくのぼる人々のなかに京よりくだりし時に、皆人子どもなかりき。いたれりし国にてぞ子生める者どもありあへる。みな人船のとまる所に子を抱きつつおりのりす。【訳】こうして川をのぼる人々のなかに、京から下った時には、みんな子供が無かった。赴任いていた国で子を産んだ者たちが寄り集まっている。みんな船が停泊する所で子供を抱っこして船を乗り降りする。【本文】これを見て昔の子の母かなしきに堪へずして、「なかりしもありつつ帰る人の子をありしもなくてくるが悲しさ」といひてぞ泣きける。父もこれを聞きていかがあらむ。かうやうの事ども歌もこのむとてあるにもあらざるべし。もろこしもここも思ふことに堪へぬ時のわざとか。こよひ宇土野といふ所にとまる。【注】宇土野 いまの高槻市鵜殿か。【訳】このようすを見て、むかし生きていた子どもの母親が、悲しみにこらえきれずに、「都を出発するときには子が無かった者も、子のある状態で帰るその他人の子を、わたしには子があったのに、無い状態で帰ってくるのが、なんとも悲しい」と言って泣いた。その亡き子の父もこの歌を聞いてどんな気持ちであろう。このような悲しい歌を作ることも、嘆くことも、ただ歌を作るのが好きだからといって作るわけでもないであろう。中国でも日本でも、感情を抑えきれなくなってするここだとか。今夜は、宇土野という所に泊る。時平後送范■(リッシンベンに「倫」のみぎ。リン)歸汝州 劉長卿昨聞戰罷圖麟閣、破虜收兵卷戎幕。滄海初看漢月明、紫微已見胡星落。憶昔扁舟此南渡、荊棘煙塵滿歸路。與君攜手姑蘇臺、望郷一日登幾迴。白雲飛鳥去寂寞、呉山楚岫空崔嵬。事往時平還舊丘、青青春草近家愁。洛陽舉目今誰在、潁水無情應自流。呉苑西人去欲稀、留連一日空知非。江潭歳盡愁不盡、鴻雁春歸身未歸。萬里遙懸帝郷憶、五年空帶風塵色。卻到長安逢故人、不道姓名應不識。【韻字】閣・幕・落(入声、薬韻)。渡・路(去声、遇韻)。台・迴・嵬(平声、灰韻)。丘・愁・流(平声、尤韻)。稀・非・帰(平声、微韻)。憶・色・識(入声、職韻)。【訓読文】時平らぎて後に范■(リン)の汝州に帰るを送る。昨聞く戦罷んで麟閣に図くと、虜を破り兵を収めて戎幕を巻く。滄海初めて看る漢月の明らかなるを、紫微已に見る胡星の落つるを。憶昔扁舟此の南渡、荊棘煙塵帰路に満つ。君と手を携ふ姑蘇台、郷を望むに一日登ること幾回ぞ。白雲飛鳥去りて寂寞たり、呉山楚岫空しく崔嵬たり。事往き時平ぎて旧丘に還り、青青として春草家に近くして愁ふ。洛陽目を挙ぐれば今誰か在る、潁水情無くして応に自から流るべし。呉苑西人去りて稀ならんと欲し、留連すること一日空しく非なるを知る。江潭歳尽くれども愁ひは尽きず、鴻雁春帰るも身は未だ帰らず。万里遥かに懸けたり帝郷の憶ひ、五年空しく帯ぶ風塵の色。卻つて長安に到りて故人に逢ふも、姓名を道(い)はざらば応に識らざるべし。【注】乾元二年(七五九)春、蘇州における作。○時平 戦乱が収まり、平和で何事もない状態になる。乾元元年(七五八)春に長安・洛陽を回復したことをいう。○范■(リン) 范伝正の父。○汝州 唐の河南道に属す。河南省臨汝県。○昨 過去。○罷 やむ。おわる。○麟閣 麒麟閣。漢の武帝がキリンを得たのを記念して建てた高殿。のち、宣帝の時、十一人の功臣の像を掲げた。○破虜 敵をやっつける。○収兵 武器をしまう。○戎幕 陣幕。○滄海 大海。水深く蒼色を帯びるのでいう。○漢月 漢の国の上空にかかる月。○紫微 紫微は天帝がいると考えられた星座。○胡星 北方のえびすの地の上空の星。「星落つ」は賊の首領の死を暗示。○憶昔 昔の色々なことを思い出すと。○扁舟 小舟。○南渡 南の船着き場。○荊棘 いばら。紛糾した事態のたとえ。○煙塵 煙と土ぼこり。戦乱のたとえ。○帰路 帰り道。○携手 手を取り合う。親密なことをいう。○姑蘇台 蘇州市の西南の姑蘇山上にある台。春秋時代に呉王闔廬が築いた。○望郷 遠く故郷のほうを眺めやる。○幾回 いったい何回か、いや、かぞえられないほどであろう。○白雲 空に浮かぶ白い雲。○飛鳥 空を飛ぶ鳥。○寂寞 ひっそりとして寂しい様子。○呉山 呉の地方の山。○楚岫 楚の地方の峰。○崔嵬 岩石多く険しいようす。○往 過ぎ去る。○旧丘 故郷。○青青 草木の盛んに茂るさま。○洛陽 唐の副首都。河南省洛陽市。○目を挙ぐれば今誰か在る、○潁水 河南省嵩山に発し東南流して安徽省にて淮水に注ぐ川。○無情 感情が無い。○呉苑 江蘇省蘇州市。○西人 山西・陝西出身の者。○留連 去りがたくてグズグズとどまる。○江潭 川のほとり。○歳尽 一年が終わる。○鴻雁春帰 渡り鳥の大型や小型のガンは春に北のシベリアの方へと帰って行く。○万里 非常に遠い距離。○帝郷 天子のいる所。みやこ。○風塵 役人生活。○卻 あべこべに。○長安 陝西省西安市。唐の首都。○故人 むかしなじみ。○不道姓名 姓名をなのらなければ。○応不識 きっと私だとわからないであろう。【訳】戦乱おさまって後に范■(リン)が汝州に帰るのを見送る詩。むかしは戦乱おさまりて功臣画く麒麟閣、敵打ち破り武器しまい陣幕巻いて帰路につく。海のほとりで漢の空見上げる月は明らかに、紫微圏からはえびす星消えて平安おとずれる。昔おもえば渡し場に小舟に乗りて漕ぎいだし、いばらは茂り土ぼこり舞いあがる帰路多難なり。君と手と手を携えて登る姑蘇台この別れ、はるか郷里を眺めんと日に登ること幾たびぞ。白雲・飛鳥とび去りてあとに残るは寂しさよ、呉楚の山々岩多く高く険しくそびえたつ。もろもろの事過ぎ去りて世のなか平和おとずれてふるさと還るうれしさよ、青青とした春の草家の近くにはびこりて長の無沙汰を愁うなり。洛陽のかた目をやれば今居る者は誰やらん、潁水なにも知らずげにひたすら流るるつれなさよ。蘇州いままた君去りて西人ひとり数が減り、引き留めようと努めれどその甲斐もなく君は去る。川辺に歳は暮れゆけど愁いは尽きぬ我が心、カリは故郷へ帰れども未だ帰らぬ我が身かな。遥かに抱く望郷の念はいかんともしがたきに、五年空しく過ぎ去りてすまじきものは宮仕え。たとえ長安行き着きて昔なじみに逢おうとも、すでに我が顔わすれさり名前言わねばわかるまい。湘中紀行十首 洞陽山(浮丘公舊隱處,一作洞山陽) 劉長卿舊日仙成處、荒林客到稀。白雲將犬去、芳草任人歸。空谷無行徑、深山少(一作多)落暉。桃園幾家住、誰為掃荊扉。【韻字】稀・帰・暉・扉(平声、微韻)。【訓読文】湘中紀行十首 洞陽山 浮丘公の旧(もと)隠れし処なり。(一に「洞山陽」に作る)旧日仙の成りし処、荒林客到ること稀なり。白雲犬を将(ひきゐ)て去り、芳草人に任せて帰る。空谷行径無く、深山落暉少なり(一に「多」に作る)。桃園幾れの家にか住み、誰が為にか荊扉を掃ふ。【注】○洞陽山 湖南省長沙にある山。○浮丘公 中国の伝説中の古代の仙人。『列仙伝』によれば、王子喬を連れて嵩高山に登ったという。○将犬 『論衡』《道虚》「(淮南)王遂に道を得、家を挙げて天に升る。犬天上に吠え、鶏雲中に鳴く」。○落暉 夕陽の光り。○荊扉 いばらのとびら。転じて、粗末な家。【訳】湘中紀行十首のうち、洞山陽を詠んだ詩。むかしこの地で仙人となりし浮丘はいまいづこ、荒涼とした林には尋ぬる人の影もなし。白雲の湧く山のうえ、犬をば連れて登りゆき、かぐわしき草多けれど、摘むのは人にまかせたり。ひっそりとした渓谷は歩く小道も無いほどで、山深ければ落日の差す光りさえまばらなり。桃の花さく其の園のどこの家にか住めるらん、めったに人も訪れぬ、この山奥に誰のため、門の前をば掃除する。疲兵篇 劉長卿驕虜乘秋下薊門、陰山日夕煙塵昏。三軍疲馬力已盡、百戰殘兵(一作躯)功未論。陣雲泱▼(サンズイに「莽」。モウ)屯塞北、羽書紛紛來不息。孤雲望處増斷腸、折劍看時可霑臆。元戎日夕且歌舞、不念關山久辛苦。自矜倚劍氣凌雲、卻笑聞笳涙如雨。萬里飄■(「瑤」のみぎに「風」。ヨウ)空此身、十年征戰老胡塵。赤心報國無片賞、白首還家有幾人。朔風蕭蕭動枯草、旌旗獵獵楡關道。漢月何曾照客心、胡笳只解催人老。軍前仍欲破重圍、閨裏猶應愁未歸。小婦十年啼夜織、行人九月憶寒衣。飲馬●(サンズイの右上に「虍」、右下に「乎」。コ)河晩更清、行吹羌笛遠歸營。只恨漢家多苦戰、徒遺金鏃滿長城。【韻字】門・昏・論(平声、元韻)。北・息・臆(入声、職韻)。舞・苦・雨(上声、麌韻)。身・塵・人(平声、真韻)。草・道・老(上声、皓韻)。囲・帰・衣(平声、微韻)。清・営・城(平声、庚韻)。【訓読文】三軍疲馬力已に尽き、百戦残兵(一に「躯」に作る)功未だ論ぜず。陣雲泱▼(サンズイに「莽」。モウ)塞北に屯し、羽書紛紛として来りて息(や)まず。孤雲望む処増ます腸を断ち、折剣看る時臆を霑ほすべし。元戎日夕且らく歌舞し、念はざりき関山に久しく辛苦せんことを。自から矜(ほこ)る剣に倚つて気は雲を凌ぎ、卻つて笑ふ笳を聞きて涙雨のごときを。万里飄■(「瑤」のみぎに「風」。ヨウ)として此の身を空しくし、十年征戦胡塵に老ゆ。赤心もて国に報いるも片賞無く、白首にして家に還るもの幾人か有る。朔風蕭蕭として枯草を動かし、旌旗猟猟たり楡関の道。漢月何ぞ曽て客心を照らし、胡笳只だ解く人の老いを催す。軍前仍ち重囲を破らんと欲すれば、閨里猶ほ応に未だ帰らざるを愁ふべし。小婦十年夜織に啼き、行人九月寒衣を憶ふ。飲馬●(サンズイの右上に「虍」、右下に「乎」。コ)河晩更に清く、行きて羌笛を吹きて遠く営に帰る。只だ恨む漢家に苦戦多く、徒らに金鏃を遺して長城に満たしむ。【注】○三軍 大軍。○百戦 多くの戦闘。○陣雲 戦場の空に浮かぶ殺気に満ちた雲。○泱▼(サンズイに「莽」。モウ) たなびくようす。○塞北 北方の国境付近。○羽書 檄文。○紛紛 数多いさま。○孤雲 ぽつんと一つそらに浮かぶ雲。○断腸 ひじょうに辛く、悲しむこと。○元戎 多数の兵士。○日夕 朝夕。○関山 関所のある山。○剣倚 剣にもたれかかる。○笳 胡笳。葦笛。○飄■(ヨウ) 一カ所に定まらないさま。○征戦 戦争。○胡塵 攻め来るえびすの軍勢が巻き起こす砂塵。○赤心 まごころ。○片賞 たった一つの褒美。○白首 白髪頭。老年。○有幾人 いくらもいない。反語。○朔風 北風。○蕭蕭 風がさびしげに吹くさま。○旌旗 はたのぼり。○猟猟 風になびくさま。○楡関 の道。○何曽 どうして。○客心 故郷を離れている者の心細い気持ち。○笳 アシの葉を巻いて作った笛で、多く中国の西北の民族が使った。○重囲 敵軍の何重もの包囲網。○閨裏 婦人の部屋。ねやの中。○小婦 若い妻。○夜織 夜なべ仕事のはたおり。○行人 出征兵士。○九月憶寒衣 陰暦九月に冬の衣を一家の主人が家族に与えた。『詩経』《ヒン風・七月》「九月衣を授く」。○飲馬 馬に水を飲ませる。○●(コ)河 山西省に源を発し、河北省で黄河に注ぐ川。○羌笛 羌人(中国北西部に住んでいた民族)の吹く笛。○営 大隊。○漢家 漢の帝室の軍隊。○金鏃 黄金のやじり。○長城 万里の長城。【訳】兵士も馬も力尽き、論功行賞いまだ無し。とりでの北のその空に戦場の雲屯して、火急の文書つぎつぎと来りてやまぬせわしさよ。ぽつんと空に雲ひとつ浮かぶ望めば悲しくて、折れた剣を看る時は心をいため泣きくずる。つわものどもは明け暮れに歌をば歌い舞いを舞い、関所の山で長いこと苦労するとは知らなんだ。剣を杖つき意気高く雲しのぐほど身をほこり、かえって笑ふ胡笳を聞き涙を流す連中を。万里のかなたにあてどなく我が身空しく世を送り、十年間も戦して蛮族の地に老いつもる。忠義つくすは国のため、されども賞の一つ無く、しらが頭で無事家に還るものとて有るまいに。北風ふいて蕭蕭と枯れたる草をそよがせて、漢軍の旗数多くなびくは楡関につづく道。漢の夜空に浮かぶ月、なぜに兵士の心をば照らして郷里思わせる、胡笳はあくまで悲しげに人の老いをばせきたてる。軍前いく重に囲んだる敵の包囲を破らんとすれば心に浮かび来る、閨のうちには我が妻が我が帰りをば待つらんと。妻は十年夜なべして機織りながら啼きながら、夫は九月に届くらん冬着いまかと待ちこがる。馬に飲ませる●(コ)河の水、ゆうぐれ更に水清く、しきりに羌笛吹きながら遠き陣営に帰るなり。あな恨めしや漢軍のいくさは苦戦多くして、金の鏃(やじり)を長城のあたりに残すむなしさよ。文物登前古、簫韶下太清。未央新柳色、長樂舊鐘聲。八使推邦彦、中司案國程。蒼生屬伊呂、明主仗(一作状)韓彭。【韻字】清・声・程・彭(平声、庚韻)。【訓読文】文物前古より登(たか)く、簫韶太清より下る。未央柳色新たに、長楽鐘声旧(ふ)りたり。八使邦彦を推し、中司国程を案ず。蒼生伊呂に属し、明主韓彭に仗(よ)る(一に「状」に作る)。【注】○文物 文化の発達によって作られるもの。○前古 むかし。○簫韶 帝舜が作ったという音楽。○太清 天。○未央 長安にあった漢の宮殿。○長楽 長安にあった漢の宮殿。○八使 漢の順帝が州郡に派遣して世を治めた大臣。○邦彦 国の中の優れた人物。○中司 御史中丞。○国程 国家の法律制度。○蒼生 人民。○伊呂 殷の湯王を助けて世の中を調和して治めた伊尹と周の武王を助けて殷の紂王を滅ぼした呂尚。主君を助ける賢者。○明主 賢明な君主。○韓彭 劉邦の部下の韓信と彭越。ここでは暗に李希言を指す。○仗 たよりにする。【訳】文物もろもろいにしえの御代にまさりて、美しき音楽までも天空より下りて響くめでたさよ。未央の柳も色あらた、長楽の鐘もとどおり。大臣賢者を推薦し、中丞法制整える。賢者に国民をばまかせ、明主は賢臣あてにする。送姨弟往南郡 劉長卿一展慰久闊、寸心仍未伸。別時兩童稚、及此倶成人。那堪適會面、遽已悲分首。客路向楚雲、河橋對衰柳。送君匹馬別河橋、汝南山郭寒蕭條。今我單車復西上、朗陵■(サンズイに「霸」。ハ)陵轉惆悵。何處共傷離別心、明月亭亭兩郷望。【韻字】伸・人。首・柳。橋・条・悵・望。【訓読文】姨弟の南郡に往くを送る。一展久闊を慰め、寸心仍ほ未だ伸べず。別れし時は両童稚、此に及んで倶に成人。那ぞ堪へんや適会面し、遽に已に分首を悲しぶに。客路楚雲に向かひ、河橋衰柳に対す。君の匹馬を送りて河橋に別るれば、汝南の山郭寒くして蕭条たり。今我単車復た西上し、朗陵■(ハ)陵転た惆悵す。何れの処にか離別の心を共に傷ましめ、明月亭亭として両郷を望まん。【注】天宝初めごろの作。○姨弟 いとこのうち、父の兄弟以外の子。○南郡 汝南郡。治所は汝陽。○一展 ちょっと会う。○久闊 無沙汰。○寸心 こころ。○未伸 思いをのべつくさない。○両 ふたりとも。○童稚 児童。○及此 現在になって。○倶 そろって。○成人 二十歳以上の人。○那堪 反語で、たえられない。○適 たまたま。○会面 顔を合わせる。○遽に已に○分首 別れる。○客路 旅路。○楚雲 楚の地。○河橋 川にかかる橋。○衰柳 枯れ柳。○匹馬 一頭の馬。○汝南 いまの河南省汝南県。○山郭 山の町の城郭。○蕭条 ひっそりとしてものさびしい。○単車 単独で供を連れない馬車。○西上 都の長安に向かう。○朗陵 汝南郡。『元和郡県図志』「河南道蔡州朗山県に漢の朗陵の故城有り、又朗陵山有り」。○■(ハ)陵 漢の文帝の墓のある所。故址は今の陝西省西安市の東に在り。もと「霸陵」に作る。○転 ますます。○惆悵 嘆き悲しむ。○何処 いったいどこで。○亭亭 高いさま。【訳】いとこが南の郊外に行くのを見送る。ひさかたぶりに君と会い無沙汰の心なぐさむも、心の中をなおいまだのべざるうちにはや別る。まえに別れしときはまだ二人そろって幼くて、いま会う二人は成人し光陰まさに矢のごとし。たまたま会えた喜びも、あっというまに別れ時。君は楚の地を目指しゆく、橋のたもとに枯れ柳。君の乗る馬見送りて橋のたもとにきたれども、汝南の山の町はずれものさびしくて肌寒し。今われ単車で供連れず一人で西を目指しつつ、朗陵■(ハ)陵いやましに嘆き悲しみつのりゆく。君は東へ我は西、別れの辛さみしめて、この高空の月のもと互いの身をば思いやる。客舍喜鄭三見寄(一作訪) 劉長卿客舍逢君未換衣、閉門愁見桃花飛。遙想故園今已爾、家人應念行人歸。寂寞垂楊映深曲、長安日暮靈臺宿。窮巷無人鳥雀閑、空庭新雨莓苔緑。此中分與故交疎、何幸仍迴長者車。十年未稱平生意、好得辛勤謾讀書。【韻字】衣・飛・帰(平声、微韻)。曲(入声、沃韻)。・宿(入声、屋韻)・緑(入声、沃韻)。疎・車・書(平声、魚韻)。【訓読文】客舎にて鄭三に寄らるるを喜ぶ。客舎君に逢ふも未だ衣を換へず、門を閉ぢ愁ひて見る桃花の飛ぶを。遥かに故園を想ひて今已に爾り、家人応に念ふべし行人の帰るを。寂寞たる垂楊深曲に映じ、長安日暮霊台に宿す。窮巷人無くして鳥雀閑たり、空庭新雨莓苔緑なり。此の中分與故交疎、何なる幸ひあつてか仍ち長者の車を迴らす。十年未だ称(かな)はず平生の意、好んで辛勤を得て謾りに書を読まんや。【注】天宝五載(七四六)・六載頃、長安における作。○客舎 宿屋。○鄭三 劉長卿の友人らしいが、未詳。○未換衣 布衣を官服に着替えない。官吏登用試験に及第しなかったことをいう。○閉門 門をとじる。○愁 悲しむ。○故園 故郷。○今已爾 科挙に落第して意気消沈していること。○家人 家族。○応A きっとAだろう。○行人 旅人。故郷を離れている作者自身。○寂寞 さびしいようす。○垂楊 シダレヤナギ。○深曲 奥まった僻地。○霊台 周代・漢代に長安の西北に築かれた台の名。○窮巷 路地。○無人鳥雀閑 人通りも無ければ、鳥雀すらもひっそり静まりかえっている。○空庭 ひとけがなく静かな庭。○新雨 降ったばかりの雨。○莓苔 コケ。○此中 この心。○分与 分け与える。○故交 むかしからの付き合い。旧友。○長者 年長者。『史記』《陳丞相世家》「家は乃ち負郭の窮巷にして、弊席を以て門と為す、然れども門外に多く長者の車轍有り」。○十年 初めて科挙の受験をしてからの年数。○平生意 普段からの望み。○好得 反語。どうして。○辛勤 苦労してつとめる。○謾 むなしく。○読書 書物は文人の身につけるべき教養とされた。【訳】宿屋に鄭三が訪ねてきてくれたのを嬉しく思って詠んだ詩。宿屋で君に逢うたれど登用試験に落ちたれば役人の服いまだ着ず、門をば閉じて庭先の桃の花散る眺めやる。遥か故国を想いやり今の境遇落胆す、家族はきっと我が帰り吉報あるを待つやらん。ひそとたたずむヤナギの木、奥まった地に枝を垂れ、長安のまち日は暮れて霊台近く身を宿す。路地には人の影も無く鳥の声さえ聞こえこぬ、さびしき庭に雨は降りコケの緑ぞ色深き。今日久々に君と会い日頃の無沙汰を穴埋めん、わざわざ遠路車をば迴らせたまいし嬉しさよ。十年試験受くれども未だ念願かなわずに、苦労つづけて書を読むも本当に役に立つのやら。山■(「瞿」のみぎに「鳥」。ク)▼(「谷」のみぎに「鳥」。ヨク)歌(一作韋應物詩)  劉長卿山■(ク)▼(ヨク)、長在此山吟古木。嘲▲(「口」のみぎに「折」。タツ)相呼響空谷、哀鳴萬變如成曲。江南逐臣悲放逐、倚樹聽之心斷續。巴人峽裏自聞猿、燕客水頭空撃筑。山■(ク)▼(ヨク)、一生不及雙黄鵠。朝去秋田啄殘粟、暮入寒林嘯群族。鳴相逐、啄殘粟、食不足。青雲杳杳無力飛、白露蒼蒼抱枝宿。不知何事守空山、萬壑千峰自愁獨。【韻字】▼(ヨク)(入声、沃韻)・木・谷(入声、屋韻)・曲・続(入声、沃韻)・筑(入声、屋韻)鵠(入声、沃韻)・族・逐(入声、屋韻)・粟・足(入声、沃韻)。宿・独(入声、屋韻)。【訓読文】山■(ク)▼(ヨク)の歌。山■(ク)▼(ヨク)、長く此の山に在りて古木に吟ず。嘲▲(「口」のみぎに「折」。)相呼んで空谷に響き、哀鳴万変して曲を成すがごとし。江南の逐臣放逐せられしを悲しび、樹に倚つて之を聴きて心断続す。巴人峡裏自づから猿を聞き、燕客水頭空しく筑を撃つ。山■(ク)▼(ヨク)、一生双黄鵠に及ばず。朝に秋田に去つて残粟を啄み、暮に寒林に入つて群族に嘯く。鳴きて相逐ひ、残粟を啄めども、食足らず。青雲杳杳として力無く飛び、白露蒼蒼として枝を抱きて宿る。知らず何事ぞ空山を守り、万壑千峰自から独りなるを愁ふるやを。【注】睦州司馬に赴任途中の作。○嘲▲(「口」のみぎに「折」。タツ) 粗俗なようす。 ○巴人峡裏自聞猿 『水経注』《江水》に引く漁者の歌に「巴東の三峡にては巫峡長し、猿鳴くこと三声にして涙衣を沾す」。○燕客水頭空撃筑 『史記』《刺客列伝》に、戦国時代に高漸離と荊軻が燕の市で酒を酌み交わし、筑(竹で叩いて演奏する瑟に似た楽器)を叩いて易水のほとりで秦始皇帝暗殺に赴く荊軻を見送ったという。○黄鵠 一度舞いあがると千里も遠くまで飛ぶという大鳥。【訳】ハハチョウの歌。ハハチョウは、此の山住まい久しくて年ふりた木に鳴きさけぶ。その鳴く声はひとけ無き谷にこだまし、哀しげで曲を奏づるごとくなり。われ江南に流されて左遷の憂き目悲しみて、林の中で鳴き声を聴きて心をかきみだす。巴東の人は峡谷に猿の鳴き声常に聞き、燕の国人川端に筑を奏づることむなし。山■(ク)▼(ヨク)、一生双黄鵠に及ばず。朝には秋の田に向かい刈り残したる粟をはみ、夕暮れさびしき林にて群れいる仲間に鳴きさけぶ。身の上嘆き鳴きさけび、粟をはめども、食足らず。力無く飛ぶ青い空、秋の夕べは露おりて枝を抱きて眠るなり。いったいなにゆえ人も無い山を守りて、あちこちの谷や峰々移動して独りをかこつや情けなや。負恩殊鳥獸、流毒遍黎氓。朝市成蕪沒、干戈起戰爭。人心懸反覆(一作覆載)、天道暫虚盈。略地侵中土、傳烽到上京。王師陷魑魅、帝座逼■(「讒」の「言」を「木」に換えた字。ザン)槍。【韻字】氓・争・盈・京・槍(平声、庚韻)。【訓読文】恩に負(そむ)くこと殊に鳥獣、毒を流すこと黎氓に遍(あまね)し。朝市蕪没を成し、干戈戦争を起こす。人心懸(へだた)り反覆し(一に「覆載」に作る)、天道暫し虚盈す。地を略(うば)ひ中土を侵し、烽を伝へて上京に到る。王師魑魅に陷(おとしい)れられ、帝座に■(ザン)槍逼(せま)る。【注】○黎氓 人民。○朝市 人の集まる賑やかなところ。○蕪没 雑草に覆い隠される。○干戈 たてとほこ。○反覆 くつがえる。○王師 天子の軍隊。○魑魅 悪人のたとえ。○■(ザン)槍 ほうき星。【訳】天子に反旗翻し、民に毒をば流すとは、とりけだものの行いよ。町も荒れ果て草がはえ、各地で戦闘引き起こる。民のこころもへだたりて、天の道理もくもるなり。蛮人中土を奪いつつ、都へのぼる悔しさよ。天子の軍も混迷し、帝座を侵すほうき星。渭水嘶胡馬、秦山泣漢兵。關原馳萬騎、煙火亂千甍。鳳駕瞻西幸、龍樓議(一作向)北征。自將行破竹、誰學去吹笙。【韻字】兵・甍・征・笙(平声、庚韻)。【訓読文】渭水胡馬嘶き、秦山漢兵泣く。関原万騎馳せ、煙火千甍に乱る。鳳駕西幸するを瞻(み)、龍楼北征を議す(一に「向」に作る)。自から将として行きて竹を破り、誰か学ばん去りて笙を吹くを。【注】○渭水 甘粛省渭源県に発し、陝西省を東流し潼関県で黄河に注ぐ川。○秦山 秦の地(陝西省)の山。○関原 国の中央部。○煙火 物を焼く火。ここは戦火。○鳳駕 天子の乗り物。○北征 北方を征伐する。○去吹笙 周の霊王の太子晋は、仙人になり、鶴に乗って雲中に去ったという。また笙を吹くのを好んだという。【訳】渭水のほとり馬なきて、秦山に泣く漢の兵。関原万騎馳せめぐり、家家の屋根燃え落ちる。天子は西に向かわれて、宮中北征企てる。破竹の勢い示さんと自から兵を統率す。王子喬ではあるまいし、浮世を逃げるわけにいかぬ。金石懸詞律、煙雲動筆精。運籌初減竈、調鼎未和羹。北虜傳初解、東人望已傾。池塘催謝客、花木待春卿。【韻字】精・傾・卿(庚韻)。【訓読文】金石詞律を懸け、煙雲筆精を動かす。籌(はかりごと)を運(めぐ)らせば初めて竈を減じ、鼎を調へて未だ羹を和せず。北虜初めて解するを伝へ、東人已に傾けるを望む。池塘謝客を催し、花木春卿を待つ。【注】○金石 金属器や石碑。○詞律 文章の模範。○煙雲 風景。○筆精 すぐれた文才。○運籌 敵を攻略する作戦をたてる。○減竈 戦国時代の孫■(「月」のみぎに「賓」。ピン)が▲(「广」に「龍」。ホウ)涓を破ったときに用いた戦術。○調鼎 鍋のスープの味を調える。『書経』《説命下》「和羹を作(な)すがごとく、爾ただ塩梅せよ」。武丁が傅説に、あたかもスープの味をととのえるように微妙に政策を講じて大臣を補佐するよう命じたことば。○和羹 スープの味を調和する。○北虜 安史の反乱軍。○解 解体する。○東人 江東の人民。○池塘 池。○謝客 謝霊運。《登池上楼》詩に「池塘生春草」と詠んだ。○春卿 礼部の長官。【訳】君の功績、金石に、きざまれるほど素晴らしく、文章書けば文才はその端々に現れる。計略たてて竈を減らし、政をば行えど、未だに効果あわられず。北軍初めて解体し、江東の民傾きて、池のほとりに謝霊運その絶景にひかれ来て、花木が春を待ちて咲くごとくに礼部が君のこと登用するを我は待つ。銅雀臺(劉長卿) 相和歌辭嬌愛更何日、高臺空數層。含啼映雙袖、不忍看西陵。▼(「シ」の右に「章」。ショウ)河東流無復來、百花輦路為蒼苔。青樓月夜長寂寞、碧雲日暮空裴回。君不見■(「業」にオオザト。ギョウ)中萬事非昔時、古人何(集作不)在今人悲。春風不逐君王去、草色年年舊宮路。宮中歌舞已浮雲、空指行人往來處。【韻字】層・陵(平声、蒸韻)。来・苔・回(平声、灰韻)。時・悲(平声、支韻)。去・路・処(去声、御韻)。【訓読文】 銅雀台嬌愛更に何れの日ぞ、高台数層空し。啼を含んで双袖に映じ、西陵を看るに忍びず。▼(「シ」の右に「章」。ショウ)河東流して復た来たること無く、百花の輦路蒼苔と為る。青楼月夜長くして寂寞たり、碧雲日暮空しく裴回す。君見ずや■(「業」にオオザト。ギョウ)中万事昔時に非ず、古人何くにか(集に「不」に作る)在る今人の悲び。春風は逐はず君王の去るを、草色年年宮路旧りたり。宮中歌舞已に浮雲、空しく指す行人往来の処。【注】天宝の初め東方への旅の途中、■(ギョウ)城における作。○銅雀台 魏の曹操が建安十五年(二一〇)に建てた台。高さ十丈、殿宇百余間。楼頂に高さ一丈五尺の大銅雀あり。台の故址は河北省臨▼(ショウ)の西にあり。○嬌愛 曹操がそばに置いていた愛妾や伎女。○高台 銅雀台。○含啼 涙をためる。○双袖 着物の両方の袖。○西陵 曹操の陵墓。唐の■(ギョウ)県の西三十里にあり。○▼(ショウ)河 山西省に発する清▼(ショウ)・濁▼(ショウ)の二つの川が合流して成る。河南を経て、河北省にて衛河に注ぐ。濁▼(ショウ)水は、■(ギョウ)県の北五里にあり。○東流 中国は東に海があるのでおおむね河は東に流れる。○無復A それっきりAしない。○百花 多くの花。○輦路 宮中の車道。「輦」は、皇帝や皇后の乗る車。○蒼苔 青ゴケ。○青楼 女性の住む華麗な高殿。○寂寞 ひっそりとして、ものさびしい。○碧雲 江淹《雑体・休上人》「日暮碧雲合ひ、佳人殊に未だ来たらず」。○裴回 うごきまわる。○君不見 君は知らないか、いや、知っているだろう。○■(ギョウ)○万事 すべて。○昔時 むかし。○古人 むかしの人。○何在 どこにあろうか、いや、どこにもない。○今人 現代の人。○逐 したがう。後を追う。○君王 君主。○草色 草の色。○年年 毎年。○宮路 宮中の道路。○宮中 国王の宮殿。○歌舞 歌と舞いと。伎女の舞いや踊り。○浮雲 空に浮かぶ雲。○行人 道行く人。○往来 行き来する。【訳】銅雀台を訪れて詠んだ詩。愛嬌あふれる伎女たちの居たは何年まえのかしら、数層そびえる高台も今は住む者なく空し。涙に二つの袖は濡れ、見るにたえざる殿の墓。▼(ショウ)河は東に流れ去り、花咲く道も苔がむす。青い楼月の夜も主うしないしさびしさよ、日暮れにゃ碧い雲一つあちらこちらと漂えり。君も知るらん諸々の事は昔のままならず、昔の人は今いずこ、そを悲しむは我ひとり。主を追わざる春風は今も変わらず吹きおりて、毎年草は生い茂り宮殿の路ふるびたり。宮中の歌舞すでに無く、人の行き交うばかりなり。【参考】    銅雀臺 劉長卿嬌愛更何日、高臺空數層。含啼映雙袖、不忍看西陵。▼(ショウ)河東流無復來、百花輦路為蒼苔。青(一作清)樓月夜長寂寞、碧雲日暮空徘徊。君不見■(ギョウ)中萬事非昔時、古人不(一作何)在今人悲。春風不逐君王去、草色年年舊宮路。宮中歌舞已浮雲、空指行人往來處。    銅雀臺 王建嬌愛更何日、高臺空數層。含啼映雙袖、不忍看西陵。▼(ショウ)水東流無復來、百花輦路為蒼苔。青樓月夜長寂寞、碧雲日暮空裴回。君不見■(ギョウ)中事非昔時、古人不在今人悲。春風不逐君王去、草色年年舊宮路。宮中歌舞已浮雲、空指行日往來處。湘中憶歸 劉長卿終日空理棹、經年猶別家。頃來行已遠、彌覺天無涯。白雲意自深、滄海夢難隔。迢遞萬里帆、飄■(「楓」の「木」と「搖」の右側を入れ換えた字。ヨウ)一行客。獨憐西江外、遠寄風波裏。平湖流楚天、孤雁渡湘水。湘流澹澹空愁予、猿啼啾啾滿南楚。扁舟泊處聞此聲、江客相看涙如雨。【韻字】家(平声、麻韻)・涯(平声、佳韻)。隔・客(入声、陌韻)。裏・水(上声、紙韻)。予・楚(上声、語韻)・雨(上声、麌韻)。【訓読文】湘中にして帰らんことを憶ふ。終日空しく棹を理め、年を経れども猶ほ家に別れたり。頃来(このごろ)行くこと已に遠く、弥(いよいよ)天の涯(はて)無きことを覚る。白雲意自から深く、滄海夢隔て難し。迢遞たり万里の帆、飄■(ヨウ)たり一行の客。独り憐ぶ西江の外、遠く寄す風波の裏(うち)。平湖楚天に流れ、孤雁湘水を渡る。湘流澹澹として空しく予(われ)を愁へしめ、猿啼啾啾として南楚に満つ。扁舟泊る処此の声を聞き、江客相看て涙雨のごとし。【注】乾元二(七五九)年秋、左遷されて南巴に赴く途中の作。○湘中 湖南省湘江流域中部の長沙市あたり。○憶帰 故郷に帰ることをふ。終日空しく○理棹 舟の櫂を操る。○経年 何年も経過する。○猶 依然として。○頃来 このごろ。○弥 ますます。○涯 はて。○白雲 空に浮かぶ白い雲。自由なもののたとえ。○滄海 青海原。○迢遞 遥かに遠いさま。○万里 非常に遠い距離。○飄■(ヨウ) さすらうさま。○一行客 一緒に旅に出た一団の旅人。同船者であろう。○西江 雲南省沾益県馬雄山に発する川。珠江の主流。作者の左遷される潘州南巴県は西江の南にある。○風波 強い風と荒い波。○平湖 楚天に流れ、孤雁湘水を渡る。○湘流 湘水の流れ。○澹澹 水が揺れ動くさま。○猿啼 サルの鳴き声。○啾啾 鳴き声のさびしくあわれなようす。○南楚 長江中下流流域一帯。戦国時代に楚の国があった。○扁舟 小舟。○此声 カリやサルの声。○江客 川を旅する者。○涙如雨 雨のようにぽろぽろと涙が流れる。【訳】湘中においていつか故郷に帰ることを夢みる詩。一日舟で川くだり、故郷はなれて、はやいく年。このごろ左遷の目に遇って、さらに故郷が遠くなり、ますます天に果ての無いこと実感することよ。わが身が空の雲ならば遠い故郷もひとっ飛び、青い海原ひろがれど帰郷の夢は忘られず。遥か遠くを目指す舟、波にゆられてさすらわん。ああ西江のかなたへと、向かう我が身は強風と荒波の立つその中ぞ。平湖流れるそのむこう、楚国の空は広がって、折しも一羽のカリガネが湘水の上を飛び渡る。湘江流れゆらゆらと私の心しょんぼりと、猿の鳴き声キイキイと寂しさ添えて楚に響く。わが乗る小舟泊るとき岸の猿声、空の雁その鳴き声は悲しげで、舟の一行お互いに顔見合わせて泣くばかり。湘中紀行十首 秋雲嶺 劉長卿山色無定姿、如煙復如黛。孤峰夕陽後、翠嶺秋天外。雲起遙蔽虧、江迴頻向背。不知今遠近、到處猶相對。【韻字】黛・外・背・対(去声、隊韻)。【訓読文】湘中紀行十首 秋雲嶺山色定まれる姿無く、煙のごとく復(また)黛のごとし。孤峰夕陽の後、翠嶺秋天の外。雲は起りて遥かに虧(か)き蔽ひ、江は迴りて頻りに向背す。知らず今の遠近、到る処猶ほ相対するを。【注】大暦六年(七七一)秋から翌年春にかけて鄂州と湖南を往復する途中の作。○秋雲嶺 岳州・潭州間に在る山。○山色 山のようす。○秋天 秋の空。○到処 どこにおいても。○猶 依然として。【訳】湘中紀行十首のうち、秋雲嶺を詠んだ詩。山のようすは一時も定まることなく変化して、ある時はもやに煙るよう、またあるときには、うるわしき女性の黛のようにみゆ。夕陽の照らす峰ひとつ、秋空に立つ青き嶺。雲は起りて遥かなる山の一部をかくしつつ、川は裾野を蛇行して向かうとみれば背を向ける。いったい今は遠きやら、はたまた近くへ寄りたるか、どこまで行っても秋雲嶺われと彼とは差し向かい。送友人東歸 二首 劉長卿 其一對酒■(サンズイに「覇」。ハ)亭暮、相看愁自深。河邊草已緑、此別難為心。【韻字】深・心(平声、侵韻)。【訓読文】友人の東へ帰るを送る。酒に対す■(ハ)亭の暮(ゆふべ)、相看るに愁へ自ずから深し。河辺草已に緑にして、此の別れ心を為(おさ)むること難し。【注】○■(ハ)亭 唐代には都から旅立つ者を送るとき、長安の東の■(ハ)水にかかる橋まで送り、そこで別れた。別れぎわに柳の枝を折り取って「環」に結び、旅立つ者に渡す習わしだった。「環」は「還」と同音で、再びここまで無事に帰還できるようにとのおまじないであった。【訳】友人が東方へ帰るのを見送る詩。■(ハ)亭の旅籠に送別の酒酌み交わすこの夕べ、故郷へ帰る君の顔みやれば深き愁いあり。明ければ川辺の草青く、別れのつらさいかにせん。  其二關路迢迢匹馬歸、垂楊寂寂數鶯飛。憐君獻策十餘載、今日(一作去)猶為一布衣。【韻字】帰・飛・衣(平声、微韻)。【訓読文】関路迢迢として匹馬帰り、垂楊寂寂として数鴬飛ぶ。憐ぶ君の策を献ずること十余載なれども、今日猶ほ一布衣たることを。【注】○関路 関所を出て次の宿場へ向かう道。○迢迢 遠く遥かなようす。○匹馬 一頭の馬。○垂楊 シダレヤナギ。○寂寂 ひっそりとして静かな様子。○鴬 チョウセンウグイス。○献策 漢代にで策(竹のふだ)に書いた政治や経書に関する問題に対して答える文章。ここでは科挙(官吏登用試験)を受験したことをいう。漢の司馬相如が景帝に仕えていたが長いあいだ不遇だった故事をふまえる。○布衣 庶民の着る麻や葛でつくった衣服。転じて、官位の無い民間人。【訳】関所いづれば道はるか馬に揺られて君は発つ、柳しずかに枝を垂れウグイスあそぶ二羽三羽。ああ君文才豊かにて策を献じて十余年、されども不運にみまわれて未だ仕官の口を得ず。送賈三北遊 劉長卿賈生未達猶窘迫、身馳匹馬邯鄲陌。片雲郊外遙送人、斗酒城邊暮留客。顧予他日仰時髦、不堪此別相思勞。雨色新添■(「シ」のみぎに「章」。ショウ)水緑、夕陽遠照蘇門高。把袂相看衣共緇、窮愁只是惜良時。亦知到處逢下榻、莫滯秋風西上期。【韻字】迫・陌・客(入声、陌韻)。髦・労・高(平声、豪韻)緇・時・期(平声、支韻)。【訓読文】賈三の北遊するを送る。賈生未だ達せざるに猶ほ窘迫するがごとし、身は匹馬を邯鄲の陌に馳す。片雲郊外遥かに人を送り、斗酒城辺暮べに客を留む。予を顧みて他日時髦を仰ぎ、此の別に堪えず労を相思ふ。雨色新たに添ふ■(ショウ)水の緑、夕陽遠く照らして蘇門高し。袂を把りて相看れば衣共に緇く、窮愁只だ是れ良時を惜しむ。亦た知んぬ到る処に逢ひて榻を下すを、滯ること莫かれ秋風西上の期。【注】開元・天宝年間頃、洛陽における作。○賈三 劉長卿の友人らしいが、未詳。 ○達 志を遂げる。○窘迫 さしせまる。○匹馬 いっぴきのウマ。○邯鄲 唐の河北道磁州の属県。今の河北省邯鄲市。○片雲郊外遙送人、斗酒城邊暮留客。○時髦 時の俊傑。、不堪此別相思勞。○■(ショウ)水 山西省長子県の西に発し、東流して太行山を過ぎ、河北省■(ショウ)県の北に至る。○蘇門 河南省輝県の西北にあり。かつて晋の孫登がかつて此の山に隠棲した。○把袂 袖をとる。転じて、親しく面会すること。○衣共緇 都の塵で黒く汚れた衣服。晋・陸機《為顧彦先贈婦二首》「京洛風塵多く、素衣化して緇と為る」。○窮愁 貧困からくる悲しみ。○良時 楽しい時。○到処 行く先々。○下榻 接待すること。後漢の徐稚は人徳があったので、役所からお呼びがかかったが、仕官しなかった。太守の陳蕃が、郡においては賓客を接待せぬが、徐稚が来たときだけは一榻を設けてもてなしたという。○莫滯 長逗留するな。○秋風西上期 都で科挙を受験する郷貢進士は、秋に都入りし、十月二十五日に戸部に集まり、正月に礼部の試を受け、二月の放榜(合格発表)に通い、四月に吏部に送られる。【訳】賈三が北に旅するのを見送る。賈生は志なかば、すでに生活いきづまり、一匹の馬邯鄲の大路に馬を走らせる。ひとひらの雲そらに浮く郊外遥かに人送り、一斗の酒を町はずれ夕暮れ君と酌み交わし引き留めようとするは我。我をば君は顧みていつか俊秀仰ぎみる、いまこの別れに堪えずして君の苦労を思いやる。あらたに雨が降りはじめ■(ショウ)水緑色ふかし、夕陽は遠く照らしつつ蘇門の山は高く見ゆ。袂を把りて相看れば都の塵に衣は黒く、窮途の愁いひたすらに君との楽しき時惜しむ。君は行く先行く先で皆の接待受けるだろ、秋には西の長安で科挙の受験があるゆえに長く滞在するなかれ。弄白鴎歌 劉長卿泛泛江上鴎、毛衣皓如雪。朝飛瀟湘水、夜宿洞庭月(一本有洞庭二字)。歸客正夷猶、愛此滄江閑白鴎。【韻字】雪・月(入声、屑韻)。猶・鴎(平声、尤韻)。【訓読文】白鴎を弄ぶ歌。 劉長卿泛泛たり江上の鴎、毛衣皓(しろ)きこと雪のごとし。朝飛瀟湘の水、夜宿洞庭の月(一本に「洞庭」の二字有り)。帰客正に夷猶し、此の滄江の閑白鴎を愛す。【注】○弄 めでる。○白鴎 鴎は水に浮かんでのんびり漂うので、悠々自適な隠者や、世俗を離れた生活の象徴。○泛泛 浮かび漂うようす。○皓 白い。○瀟湘 湖南省の二つので、合流して洞庭湖に注ぐ。○帰客 故郷にもどった旅人。○夷猶 ぐずぐずする。○滄江 深緑色の水をたたえた広い川。【訳】白鴎をめでる歌。白き鴎はゆらゆらと浮かびただよう波の上、その毛ごろもは白くして雪のごとくに汚れなし。朝に瀟湘の上を飛び、夜は洞庭の月に寝る。故郷に着いた我はただためらいがちにぐずぐずと、此の大川の鴎をばひたすらめづるばかりなり。齊一和尚影堂 劉長卿一公住世忘世紛、暫來復去誰能分。身寄虚空如過客、心將生滅是浮雲。蕭散浮雲往不還、淒涼遺教歿仍傳。舊地愁看雙樹在、空堂只是(一作見)一燈懸。一燈長照恆河沙、雙樹猶落諸天花。天花寂寂香深殿、苔蘚蒼蒼■(「門」のなかに「必」。ヒ)虚院。昔余精念訪禪扉、常接微言清(一作親)道機。今來寂寞無所得、唯共門人涙滿衣。【韻字】紛・分・雲(平声、文韻)。還・伝・懸(平声、先韻)。沙・花(平声、麻韻)・院(平声、桓韻)。「院」の字は押韻せず。扉・機・衣(平声、微韻)。【訓読文】斉一和尚の影堂一公世に住みて世の紛を忘れ、暫らく来たり復た去りて誰か能く分たん。身を虚空に寄すること過客のごとく、心は生滅を将ちて是れ浮雲。蕭散浮雲往きて還らず、淒涼遺教歿して仍ほ伝ふ。旧地愁ひて看る双樹の在るを、空堂只だ是れ(一に「見」に作る)一灯懸かれり。一灯長く照らす恒河の沙、双樹猶ほ落とす諸天の花。天花寂寂として深殿香ばしく、苔蘚蒼蒼として虚院を■(「門」のなかに「必」。ヒ)づ。昔余精念もて禅扉を訪ひ、常に微言に接して道機を清む(一に「親」に作る)。今来寂寞として得る所無く、唯だ門人と共に涙衣に満つ。【注】○斉一和尚 「霊一和尚」の誤りか。○影堂 寺院の中の仏祖・高僧の肖像を祭ったお堂。○一公 斉一(霊一)の敬称。○世に住みて世紛を忘れ、暫らく来たり復た去りて誰か能く分たん。○虚空 おおぞら。仏教では大空のように無限の慈悲や知恵をもつ菩薩を虚空蔵という。ここでは、山上高いところにある寺をいうのであろう。○過客 旅人。○生滅 存在と滅亡。仏教で生滅を繰り返してやまないこの世を超越することを生滅滅已という。○浮雲 空にうかぶ雲。○蕭散 ちりぢりになる。○淒涼 ものさびしいようす。○遺教 生前の教え。○双樹 沙羅双樹。釈迦入滅の地にあり、釈迦の死とともに花を枯らしたという。ここは、斉一(霊一)入滅の地をたとえる。○一灯 ひとつの灯明。仏の教えのたとえ。『維摩詰教』「譬へば一灯の千百灯を燃やすがごとく、冥き者も皆明るく、明終に尽きず」。○恒河沙 ガンジス川の川砂。きわめて数多いたとえ。○天花 仏教で、めでたいときに天人が降らすという花。『維摩詰教』《観衆生品》「時に維摩詰の室に一の天女有り、諸大人の説法する所を聞くを見、便ち其の身を現じ、即ち天花を以て諸菩薩大弟子の身の上に散ず。花諸菩薩に至りて皆堕落し、大弟子に至りて便ち著きて堕ちず」。○深殿 寺院の奥の仏殿。○苔蘚 コケ。○虚院 がらんとした建物。○■(「門」のなかに「必」。ヒ) 閉じる。○余 われ。○精念 純真な心で。○禅扉 寺。○微言 意味深長な言葉。○道機 仏道を求める心のはたらき。【訳】斉一(霊一?)和尚の影堂にて詠んだ詩。和尚この世に生まれきて一公世に住みて世の紛を忘れ、暫らく来たり復た去りて誰か能く分たん。旅人のごとその身をば空にそびゆる寺に置き、心は生滅法さとり世俗を離れ雲のごと。浮き雲のごとこの世をば去りてそれきり還られず、その身没して教えのみ今に残れるさびしさよ。想い出の地に来てみればむなしく残る沙羅双樹、ひとけの失せたお堂には灯明一つともるのみ。されど老師のともしたる御法は衆生導きて、天も感じて美しき花を降らせる沙羅双樹。散る花ひそと音もなく奥の院には香りたち、庭に青々苔むして静かな寺院の門は閉づ。われその昔真剣に老師の寺の門たたき、その深遠なお言葉に菩提心をば清めたり。今この寺に来てみれば老師はすでに世を去りて、ものおっしゃらず、門人と袂をしぼる涙かな。

子路は小走りして下がり、服を着替えてまた孔子の前に出た。つまり普段着に戻したのである。先生が言った。是倨倨者:「倨」はどっしりとした構えで、おごるさま。ここでの「者」は主格を示す記号。蓋:「~は要するに…」「~はつまり…である」と訳す。後節の文頭におかれ、前節の理由・原因を説明する。岷山:山の名。四川省と甘粛省の境にある。長江の支流、岷江がその山に発する。萬乘(万乗)之國(国):戦車一万乗を持つ大国=全中国のこと。千乗の国は同様に、戦車千乗を持つ大国のことだが、史実的には魯国程度の弱小国でも、その程度の軍備はある。と言うことはだな、子が父の言い付けにはいはいと従っていて、どうやって孝行が出来る。家臣が主君に逆らわずに、どうやって忠義が通せる。従うべき事をはっきりと理解している、これを孝行と言い、忠義と言うのだ。言之要也;不能曰不能,行之至也。言要則智,行至則仁。既仁且智,惡不足哉?」趨:小走りする。貴人の前では小走りするのが礼法だったが、”すっ飛んで下がった”と解した方が面白いし、文法的・語義的にも誤りでは無い。顏(顔)色充盈:気力に溢れすぎた顔色をする。「盈」は「盛」と同じ。父には意見する子がいて、そのおかげで礼儀知らずにならずに済んだ。士族には意見する友がいて、そのおかげで間違いをしでかさずに済んだ。社稷:社は土地神、稷は穀物神。それらを祀る神殿を意味し、派生して国家の意となった。「子路よ、よく覚えておけ。お前にものを教えてやろう。言葉を派手にする者はハッタリ者だ。行動を派手にする者は威張りん坊だ。もともと、賢そうな顔をしてそれなりに仕事の出来る者は、実は下らない人間なのだ。だから君子は、知っていることを知っていると言う。子路盛服見於孔子。子曰:「由!是倨倨者何也?夫江始出於岷山,其源可以濫觴,及其至於江津,不舫舟,不避風,則不可以涉,非惟下流水多邪?今爾衣服既盛,顏色充盈,天下且孰肯以非告汝乎?」子路趨而出,改服而入,蓋自若也。子曰:「由志之!吾告汝!奮於言者華,奮於行者伐。夫色智而有能者,小人也。故君子知之曰知,言之要也;不能曰不能,行之至也。言要則智,行至則仁。既仁且智,惡不足哉?」先生が言った。「国が無道なら、玉を隠して生きるのも仕方が無い。国がまともなら、礼服を着て玉を手に取り、その志を発揮するがいい。」江:長江、揚子江のこと。古代中国では、北方の言葉で大河を「河」といい、南方では「江」という。つまり元は一般名詞だが、何の説明も付けない「江」は、通常長江を指す。子曰、「篤信好學、守死善道。危邦不入、亂邦不居。天下有道則見、無道則隱。邦有道、貧且賤焉恥也。邦無道、富且貴焉恥也。」子謂公冶長、「可妻也。雖在縲絏之中、非其罪也。」以其子妻之。子謂南容、「邦有道、不廢。邦無道、免於刑戮。」以其兄之子妻之。つまり本章は、王粛が儒家と老荘思想をまぜて作ったごった煮であり、話が全然面白く無いのもやむを得ない。祿(禄)位不替:禄位は官吏の給与と地位。それらが変わらないことが、よい政治であると見なされたらしい。安定した政治運営のこと。子曰、「甯武子、邦有道則知。邦無道則愚。其知可及也、其愚不可及也。」「夫子有奚對焉」(ふうしなんのこたうることかあらん)が「奚疑焉」(なんのうたがいあらん)になったことで、子貢がどこかとんでもなく偉そうに振る舞っている話になってしまった。乎:通常、「や・か」と読んで疑問や反語を意味するが、ここでは「かな」と読んで詠嘆の意。可:読み下しの日本古語「べし」と同様、可能だけでなく当然・勧誘の意がある。ひょっとすると「べし」の原義にはそのような意味は無かったかも知れないが、長らく学問と言えば漢文と不可分であった日本語に、「可」の意味が流れ込むのはむしろ当然と言える。子貢問於孔子曰:「子從父命,孝乎;臣從君命,貞乎;奚疑焉?」孔子曰:「鄙哉賜!汝不識也。昔者明王萬乘之國,有爭臣七人,則主無過舉;千乘之國,有爭臣五人,則社稷不危也;百乘之家,有爭臣三人,則祿位不替;父有爭子,不陷無禮;士有爭友,不行不義。故子從父命,奚詎為孝?臣從君命,奚詎為貞?夫能審其所從、之謂孝、之謂貞矣。」子路問於孔子曰:「有人於此,披褐而懷玉,何如?」子曰:「國無道,隱之可也;國有道,則袞冕而執玉。」惟下流水多:ここでは「惟」を「おもう」と読み下した。「ただ」と読んで、「ただ下り流れて水多し」(下へと流れたからこそ、水量が増えた)と読めなくもない。また「これ」と読むことも出来るが、「ただ」と文意は変わらない。下へと流れようとしたからこそ、水が膨大になるという道理が分からんか? 今お前は派手な格好をして、意気盛んな顔色をしているが、それでは一体天下の誰が、お前の間違いを指摘してくれようか。」仁も智も身につけ終えたなら、何かに足りないなどと言うことが、まったくどうしてありえようか。」このことがまさに言葉で肝心なのだ。言葉に出来ないことは実行も出来ないとするのが、行うということの究極なのだ。知るを知るとする、この肝心なことを言えるのが、つまりは智と呼ぶ賢さというもので、行動が究極の原理にかなっているのが、仁の境地というものだ。むかし名君が全中国を治める時には、耳に痛いことを意見する家臣が七人いて、そのおかげで主君は政治をしくじらずに済んだ。大国には五人いて、そのおかげで国が滅びずに済んだ。小国には三人いて、そのおかげで政権が安定した。 石室山は現衢州市の東南 13 キロ爛柯 (らんか) 山の方が有名。 山に石室・石橋があるための命名である。爛柯山の名は後述の爛柯の故事が流布した唐代に始まり、それ以後、山の通称となる。

今回は、論語(雍也第六) 【子貢曰、如有博施於民、而能済衆、何如】の白文(原文)、訓読文、書き下し文、現代語訳(口語訳・意味)、読み方(ひらがな)、語句・文法・句法解説、おすすめ書籍などについて紹介します。「孔子(こうし)」春秋時代の思想家。

まず、漢詩。良寛は漢詩に、自分の深い思想を盛り込みました。良寛の人生観がよく分かります。長い詩もありますが、ここでは短い絶句(4句から成る)と律詩(8句から成る)を紹介します。現代語訳は、入矢義高の『良寛詩集』を参考にしました。

保元物語 中 ①白河殿へ義朝夜討ちに寄せらるる事 ②白河殿攻め落とす事 ③新院、左大臣殿落ち給う事 ④新院如意山へ逃げ給う事 ⑤朝敵の宿所焼き払う事 ⑥新院御出家の事 ⑦勅を奉じて重 成新院を守護し奉る事 ⑧関白殿本官に帰復し給う事付けたり武士に勧賞を行わるる事 ⑨左府の御

論語『子貢問政』 ここのテキストでは、論語の一節『子貢問政』の原文(白文)、書き下し文、現代語訳とその解説を記しています。『子貢問政』の読み方は、「子(しこう )貢政(まつりごと)を問(と)ふ」です。 (adsbygoogle = win

[現代語訳] 「雀の子を、犬君が逃がしちゃったの。伏籠の中に閉じ籠めておいたのに」と、とても残念そうである。ここに座っていた女房が、「いつもの、思慮の浅い者が、このようなことをして、責められるというのは、本当に情けないことね。どこへ飛んで行ってしまったのでしょう。とて 子曰く、「國に道無からば、之を隱すは 可 むべ なる也。國に道有らば、則ち袞冕し而玉を執るべし。」 孔子家語・現代語訳 1.